人間性善説と人間性悪説のどちらが正しいのかについては、結論が出ていません。ですから、各自が勝手なことを言っているのが現実です。
その結果、社会制度の設計や運営についても、議論が分かれることになります。たとえば、生活保護を申請してきた者について、基本的にその言い分を信じるのか、疑ってかかるのか、明確な方針がなく、窓口の人のそれぞれの判断によるということになります。
 
しかし、私は性善説か性悪説かという問題について答えを出しています。
その答えというのは、
人間ちょいワル説
というものです。
 
この表現ではふざけていると思われるかもしれませんが、より正確な表現では、人間は完全に公平な存在ではなく、ほんの少し利己的な存在である、ということになります。
これは人間に限らず動物は基本的に同じです。なわばりを譲り合うよりは奪い合います。「完全な公平」というのは神や第三者でないとわかりませんから、動物は公平よりは少し利己的にふるまうわけです。
 
とはいえ、動物や人間は利他的な性質も持っています。近親者の利益のために行動し、仲間を助けたりもします。
つまり、動物や人間は利己的な性質と利他的な性質と両方を持っているが、利他的な性質のほうがほんの少し強いというわけです。
動物はほんの少し利己的な生き方をずっと続けていますが、人間は学習したことを文化として次の世代に伝えていくので、ほんの少し利己的だったものが文化の中に蓄積されていき、動物よりも利己的にふるまうようになっています。
そのため、戦争をして帝国をつくったり、奴隷制度をつくったり、派遣社員制度や契約社員制度をつくったりしているわけです。
 
利己的な者同士が争うと、当然強いほうが有利です。
利己的な男と利己的な女が争うと、男は腕力が強く、女は子育てという負担もあるので、男が有利です。そのため女よりは男のほうがより利己的にふるまう文化ができます。これが性差別です。
 
そして、夫にとってつごうのよくない妻は「悪妻」と呼ばれます。
ちなみに「悪妻」という言葉はありますが、「悪夫」という言葉はありません。これは世の中が性差別社会だからです。
また、親にとってつごうのよい子どもは「善い子」と呼ばれ、親にとってつごうの悪い子どもは「悪い子」と呼ばれます。
 
これが「善」と「悪」の正体です。
 
ですから、「善」と「悪」を基準にものごとを考えると、わけがわからないことになります。性善説と性悪説のどちらが正しいかわからないのもその一例です。
 
世の中のさまざまな問題は、「善」か「悪」かではなく、誰がより利己的であるかというふうにとらえるとよくわかります。
「善」か「悪」かを基準とするのが現在の倫理学で、これは根本的にデタラメです。
誰がより利己的かということを基準にするのが正しい倫理学ということになります(私はこれを「科学的倫理学」と呼んでいます)
 
 
さて、正しい倫理学によると、この世は利己的な人間がつねに互いに争っており、その結果、強い者がより利己的にふるまい、弱い者はあまり利己的にはふるまえず、強い者にしいたげられているということになります。
ですから、権力者、権威者、金持ちなど社会の上層にいる者は大いに利己的にふるまっており、下層にいる者はしいたげられているというわけです(しかし、下層にいる者もチャンスがあれば利己的にふるまうので、単純ではありません)
 
ここで、生活保護の問題について考えてみることにしましょう。
人間は利己的ですから、だまして生活保護を受給しようという者も出てきます。ですから、申請してきた者を完全に信じることはできず、審査するのは当然です。
ただ、窓口の者、つまり生活保護支給を決定する立場の者もまた利己的です。生活保護支給を決定する立場の者は、支給総額を抑制するようにという命令を受けているはずです。そこで彼はどうするかというと、厳密に審査するのが本来ですが、それはひじょうにめんどうなので、ある程度いい加減になります。どのようにいい加減かというと、断るとめんどうになりそうなこわもての人の申請を通し、その分、気の弱そうな人の申請を却下するということになります。
 
現在、生活保護の不正受給が問題になっていますが、これは申請する側にも問題はありますが、審査する側のほうにより大きな問題があると考えるべきです。
生活保護を申請する者よりは審査する者のほうが有利な立場なので、審査する者がより利己的にふるまっているに違いないのです。
 
さらに考えると、生活保護を申請する者よりも、道路建設を陳情する者のほうが権力も組織力も知恵もあるので、道路建設を認可する官僚や政治家を動かして、より多くの税金を引き出しています。科学技術関係の予算も、権威ある学者も当然利己的ですから、(国民にとって)必要以上に獲得している可能性があります。原発にしても、電力会社、官僚、学者などが税金や電気料金でもうけるためにつくってきたという面があります。
こうした権力者、権威者がやってきたことと比べると、生活保護費の不正受給などごく小さな問題としか思えません。
 
現在、生活保護費の不正受給を問題にする人がたくさんいるのは、現在のデタラメな倫理学にだまされているからです。
正しい倫理学に基づいて考えれば、なにが問題かがよく見えてきます。