いわゆる東電OL殺人事件で有罪となり服役していたゴビンダ・プラサド・マイナリさんについて、東京高裁は再審開始と刑の執行停止を決定し、さらに東京高検の異議申し立てを却下したために、ゴビンダさんは釈放されました(身柄はいったん入管当局に移され、数日で帰国することになるそうです)
私は佐野真一著「東電OL殺人事件」を読んだこともあって、この事件には興味があり、ゴビンダさんは冤罪に違いないと思っていました。釈放はいいことですが、15年間も拘束されたことは取り返しがつきません。
 
そもそもは第一審で無罪判決が出た事件です。それが二審、三審で有罪となりました。また、第一審で無罪判決が出たとき、東京地裁は帰国を認める決定を下しましたが、東京高裁と最高裁は拘留を認める決定を下しました。日本の裁判所は上ほど腐っているということがよくわかる例です。
 
冤罪にはだいたいパターンがあります。
 
1、事件が世の中で大きく騒がれるが、なかなか犯人が逮捕できないので、捜査当局にプレッシャーがかかる(世間からだけでなく、上層部からもかかっているに違いありません)
2、プレッシャーから逃れるため、差別されている人や近隣から白い目で見られている人を犯人に仕立て上げ、逮捕する。
3、強引な取り調べで自白を強要する。証拠を捏造する。つじつまの合わないところは強引な論理でごまかす。
 
ゴビンダさんの逮捕はこの典型です。
ゴビンダさんは不法滞在のネパール人です。捜査当局はアメリカ人やイギリス人を犯人に仕立て上げるということは絶対にありません。
ですから、逮捕の瞬間から私は冤罪くさいなと思っていましたし、同じ考えを持った人も多かったでしょう。佐野真一さんも冤罪説を強く主張しておられました。
 
それにしても、いくら世間や上層部からプレッシャーがかかったとはいえ、捜査関係者はひとりの人の人生をむちゃくちゃにするようなことがどうしてできるのでしょうか。彼らには良心というものがないのでしょうか。
これについては、警察や検察や裁判所の仕事の特殊性があると思います。
 
昔のドラマでは、犯人が「俺はもう1人殺したんだ。あと何人殺しても同じだ」と言いながらナイフを人に突き付け、脅すというシーンがよくありました(1人殺しただけでは通常は死刑にならないということが知られるようになると、こうしたシーンは見られなくなりましたが、最近の厳罰化傾向によって、またこうしたシーンが復活するかもしれません)
捜査関係者の心理もこれに近いものがあると思われます。つまり「俺はもう1人刑務所送りにしたんだ。あと何人刑務所送りにしても同じだ」というような心理です。
 
警察官を志す人というのは、市民の安全を守りたいという動機からではないかと思われますが、実際はそうした仕事ばかりでなく、犯人を探して刑務所送りにしたり死刑にしたりという仕事もするわけです。市民を守る仕事と、犯人を刑務所送りにする仕事は、いわば真逆の仕事です。
これは司法試験合格者が弁護士を志すか、検事や判事を志すかということについて考えてみればよくわかるでしょう。弁護士になって人を助けたいという思いと、検事や判事になって犯罪者を罰したいという思いはまったく別のものです。
 
戦場に行って人を殺したり殺されそうになった兵士の多くは心に傷を負います。殺されそうになったことはもちろん、人を殺したことも心の傷になります。
警官や検事や判事も同じです。死刑でなくても人を刑務所送りにすることで心に傷を負います。社会的にそれは正しいことだとされていても、心の深層ではそうはなりません。
 
戦場では誤爆や誤射で味方を殺してしまうということがよく起きます。これはもちろん戦場の混乱も原因ですが、そもそも人を殺すという大決心をした人間にとっては、敵と味方の違いというのはささいなことだからです。つまり心の深層では敵も味方も同じ人間であるとわかっているのです。
 
アメリカ軍はイラクやアフガンでいっぱい誤爆をして民間人を殺しています。ときには謝罪もしていますが、まったく改めるということがありません。戦争に誤爆はつきものだというぐらいの意識でしょう。
警察や検察の考えも似ていると思います。犯罪を追及する以上、冤罪はつきものだぐらいに考えていて、冤罪であることが明白になっても、反省するふりすらありません。
 
犯罪者を刑務所送りにすることと、無実の人間を刑務所送りにすることは、心の深層ではそう違いません。犯罪者も無実の人間も同じ人間だとわかっているからです。犯罪者を罰するのは、良心を殺さないとできない仕事です。
 
人間を刑務所送りにするという仕事をしている警察官、検事、裁判官の心理状態を幅広く調査し、その心の傷を癒すことをすれば、少しは冤罪事件もへらせるのではないかと思います。
 
ちなみに裁判員制度というのは、一般市民に人を裁くということをさせて、その手を警察官、検事、裁判官と同じように汚させてやろうという制度だと私は思っています。