日本人は概してベトナムに好印象を持っています。ベトナムは共産党一党支配の国ですが、日本の右寄りの人たちも、中国はけしからんといっても、ベトナムはけしからんとはいいません。日本の企業も多く進出していますし、投資対象としてベトナム株も人気です。
 
ベトナム人は勤勉だということで定評があります。カンボジアやラオスなどの周辺国には、「ベトナム人の通ったあとはペンペン草も生えない」みたいなことわざがあるそうです。
 
私はベトナムに2回行ったことがありますが、ベトナム人は商売好きだという印象を受けました。通りに面した家の多くは3階建てで、1階に商売ができるスペースがあり(使われていない場合も多い)、2階、3階に人が住むという形になっています。また、ほんの少しのスペースがあれば、商品を並べて売っている人がいます。
とはいえ、ほとんど商売になっていないのではないかと思われるような商店も多く、私の印象では、もうからなくても商売が好きでやっているような感じでした。
 
ホーチミン市に行ったとき、泊まったホテルの前の広場に大きな銅像が立っていました。これはベトナムの救国の英雄とされるチャン・フン・ダオ将軍の銅像でした。
 
ベトナムは日本と同じころに元寇を経験しています。それも3度襲来され、3度とも元軍を撃退しました。その戦いの指揮をとったのがチャン・フン・ダオ将軍です。
 
チャン将軍は、強力な元の騎馬軍と正面から戦っては勝てないと思い、町を焼き払って退却します。元軍はタンロン(今のハノイ)を占領しますが、チャン将軍は地形を利用したゲリラ戦で補給路を攻撃し、食糧の尽きた元軍が退却すると、これを追撃して壊滅的な打撃を与えました。
2回同じやり方で撃退された元軍は、3回目は海から500隻の艦隊とともに攻めてきました。チャン将軍は河口のところの河底に、先端に尖った鉄のついた竹杭を多数打ち込んで待ち構えました。そして、引き潮になると元軍の大きな船に杭の先が刺さって船は動けなくなり、そこをベトナム軍は小さな船で攻撃し、火矢を使って元軍の船を焼き払って、またしても大勝利したのです。
 
いかに敵が強力でも、巧妙な作戦があれば勝利できるという格好の見本です。
元寇はベトナムの歴史でも最大の国難でしたから、ベトナム人なら誰でもこの話は知っています。ベトナムがアメリカと戦ったときも、基本的に同じやり方をしたわけです。ゲリラ戦で敵を弱らせ、最終的に勝利するという作戦です。
ベトナム軍(南ベトナム民族解放戦線)は、落とし穴を掘って、そこに尖った竹杭を立てておき、落ちた敵兵を殺すという戦法でアメリカ軍を苦しめましたが、これなど明らかにチャン将軍の作戦からの連想でしょう。
 
ところで、日本は元軍の襲来を2回撃退しましたが、これは作戦が巧妙だったからではなく、たまたま“神風”が吹いたからです。
このことも日本人なら誰でも知っています。
そして、日本はアメリカと戦ったとき、作戦の巧妙さで勝利しようとするのではなく、結局“神風”頼みになってしまいました。
 
ベトナム人も日本人も、歴史に学んで行動することは同じですが、背負っている歴史はまったく違い、そのため結果も違ってしまったのです。
 
ところで、元は3回目の日本攻撃を企てていましたが、ベトナムでの敗戦の痛手で、3回目の攻撃は中止となりました。ですから、チャン将軍は日本にとっても救国の英雄であるわけです。
 
 
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「ベトナムの英雄」
 
「チャン・フン・ダオ将軍」