海外旅行にいくので十日間程度ブログの更新を休みます。
旅行自体は十日間もいきませんが、前後にたまった仕事をやらないといけないのでたいへんです。
 
私はこのブログのほかにホームページもやっています。知らなかった人は、ブログの更新を休んでいる間、そっちのほうを読んでいてくださいと言いたいところですが、ホームページに書いてあることが微妙に恥ずかしくなってきました。
ホームページには、「道徳の起源」というタイトルでいずれ出版するはずの本の第1章だけを載せています。これがちょいと恥ずかしい。自分の力量に見合わないことを書いているからです。それに、そもそも書く必要があったのかという気もしてきました。
 
私の思想はきわめて単純なものです。たった1行で表現できます。
 
「道徳とは利己主義の産物である」
 
思想というのは難解な哲学用語で語られるものというイメージがありますが、そういうのは根本的に間違っているか、瑣末について語る思想です。
本物の思想は単純で強力なものです。
 
とはいえ、「道徳とは利己主義の産物である」だけでは単純すぎるので、もう少し説明するとこんな感じになります。
 
・人間はほかの動物と同じく基本的に利己的な存在で、つねに互いに生存闘争をしている。
・人間はほかの動物と違って言葉も武器として生存闘争をしている。
・他人の行動について、自分の利益になるものを賞賛し、自分の不利益になるものを非難する。そうした言葉づかいの体系が道徳である。
・道徳の中心概念は「善・悪・正義」である。他人の行動について、自分の利益になるものが「善」、自分の不利益になるものが「悪」、「悪」をなす人間を攻撃・排除・処罰することが「正義」である。
・弱者の道徳は強者の道徳に駆逐され、最終的に集団は強者の道徳に支配される。
・道徳によって集団に秩序がもたらされる面がある。
・道徳によって生存闘争が必要以上に激化する面がある。
・道徳を正しく把握することによって、必要以上の生存闘争を回避することができる。
 
全部日常語で説明できてしまいます。わからないということはないでしょう。
 
「強者が道徳をつくる」という思想は目新しいものではありません。マルクス主義は道徳をイデオロギーと見なしますし、フェミニズムは「女は男に従うべし」という道徳は男がつくったものだと指摘します。国際社会の「正義」が「アメリカの正義」であることも半ば常識でしょう。
 
しかし、今までは中途半端でした。たとえば、フェミニストは男が女に従順さを求めることを批判しますが、その一方で、母親として子どもに従順さを求めます(たぶん多くのフェミニストは)。これは明らかに矛盾です。
私はおとなと子ども、親と子の関係にまで踏み込んで道徳をとらえました。これによって初めて矛盾なく道徳(善・悪・正義)をとらえることができたのです。
 
私は善と悪の関係はどうなっているのだろうかということをねばり強く考えてるうちに、この考えがひらめきました。アームストロング船長風に言うと、「私にとっては小さなひらめきだが、人類にとっては偉大な思想である」というところです。つまり偶然に私はとんでもないことを思いついてしまったのです。
 
私は自分の思いついたことを世の中に伝えなければなりませんが、これはまったく非力な人間が世界記録のバーベルを持ち上げなければならなくなった状況に似ています。
当然不可能ですから、なにかやり方を工夫しなければなりません。
 
私が思いついたのは、これは「科学的」理論であると主張することでした。「科学的」と認定されれば、もう私の手を離れて、みんなが寄ってたかって発展させていってくれるでしょう。
ニュートンはきわめて名誉欲の強い、偏頗な性格の人だったようですが、そんなことはニュートン力学の価値にとってはなんの関係もありません。それと同じ状況にしようと思ったわけです。
ということで、私のホームページに載せた「道徳の起源」第1章には、この理論が学問の世界にどう位置づけられるか、科学(進化生物学)とどう関連しているかということをもっぱら書いています。
 
しかし、考えてみればこれは的外れです。それが科学的か否かというのは、本人が主張することではなく、科学界において決められることです。それに、科学者でも倫理学者でもない人間がそういう主張をすると、よけいうさんくさくなり、逆に「オカルト科学」と認定されかねません。
 
現在の私の考えとしては、自分の思想がどう位置づけられるかの判断はほかの人に任せて、自分の思想の核心的部分から書いていったほうがいいのではないかということに傾いています。
となると、「道徳の起源」第1章は廃棄処分にして、また別の第1章を書くことになりそうです。
 
とはいえ、「道徳の起源」第1章は、学問思想の世界全体を鳥瞰するという野心的な試みで、力不足ゆえ突っ込みどころ満載かもしれませんが、これだけスケールの大きいことを考えたということにはそれなりの価値もあると思います。
そういうことを踏まえて私のホームページを読んでいただくとおもしろいかもしれません。
 
 
「思想から科学へ」村田基(作家)のホームページ
 (現在このホームページは休止中です)