このところ、大津市の中2男子生徒が自殺した事件について連続して書いていたら、どこかでリンクを張っていただいたのかアクセスが急増し、コメントもいくつもいただいています。これまでの繰り返しになる部分もありますが、今回はコメントへの返答も兼ねて書くことにします。
 
この事件について考えるとき、いちばんたいせつなのは、このような悲劇が二度と起こらないようにするにはどうすればいいかということです。このことに異論のある人はいないでしょう。
そうすると、自殺した中2男子生徒の気持ちになって考える必要があります。これが肝心なところです。しかし、私の見る限り、自殺した生徒の気持ちになって考えている人はほとんどいません。
 
自殺した生徒の親の気持ちを持ち出す人はいっぱいいます。しかし、当たり前ですが、自殺した生徒とその親とは別人格です。
また、自殺した生徒の親を指すのに「被害者遺族」という言葉を使う人もいますが、これは不適切です。正しくは「自殺者遺族」です。「被害者遺族」という言葉は「犯罪被害者遺族」を連想させます。「犯罪被害者遺族」はイノセンスですが、「自殺者遺族」は親族を自殺させた罪を問われる被告の立場ですから、まったく違います。
 
さて、生徒はなぜ自殺したのかというと、イジメがひとつの原因だったことは明らかでしょう。しかし、原因はそれひとつだったとは限りません。
 
中学2年生の生活を考えてみると、家庭と学校のふたつに生活の場があります。自殺した場合、その両方に自殺の原因を探らねばなりません。
学校でひどいイジメにあっていたとしても、家庭生活が楽しいものであれば、死ぬとは思えません。
いや、そもそもまともな家庭であれば、子どもが死ぬほど思い詰めていれば、親は気づくはずですし、なんらかの手を打つはずです。
しかし、報道によると、この親は子どもが自殺するまでイジメに気づいていなかったようなのです。
いったいどんな家庭環境だったのか知りたくなりますが、マスコミの報道は学校のイジメのことばかりなので、これでは自殺の原因の解明はできないと私は主張しているわけです。
 
とはいえ、少しは家庭環境についての報道もあります。
 
大津いじめ、自殺2日前「登校イヤ」家族に相談(読売新聞)
大津自殺少年 祖父母から金盗み「悪い友と交際ない」と手紙(女性セブン)
 
このふたつについては過去のエントリーで紹介しましたが、もうひとつあったのでここに張っておきます。
 
 
蛙食べさせられた大津自殺少年 親戚宅でひどい下痢していた
滋賀県大津市で昨年10月、いじめが原因で自殺した当時中学2年生だったAくん(享年13)。Aくんは、いじめに遭っていることを一切口に出さず、家族の前ではむしろ元気に振る舞っていた。卓球部の試合があると、「今日頑張ったんやで」と得意げに家族に話していたという。
 
 昨年の夏休みが終わったころから、突然、Aくんは仲良しグループの生徒たちからいじめられるようになり、やがて金銭も要求されるようになっていったという。初めは、自分の口座からお金を引き出し、いじめた生徒たちに渡していた。次第にAくんの口座も底がつき、今度は、祖父母の家からお金を盗んで渡していたという。
 
 しかし、思い返せば、いじめの被害に遭っていた痕跡はお金以外にもあったという。
 
「“蜂を食べさせられていた”とアンケートにあったそうですが、実際にはカエルまで食べさせられていたみたいです。あるとき、親戚の家に遊びに行ったとき、もうすごい下痢をしたみたいで…。きっと変なものを食べさせられたから、お腹を壊したんでしょうね…」(Aくん一家の知人)
 
 さらに、この知人が言葉を詰まらせながら続ける。
 
「メガネのフレームが壊れていたときがあったそうです。“メガネ、どうしたん?”って聞いても、“ちょっとコケただけや”って答えるだけだったらしくて…。周りに心配かけまいとしたんでしょうね。本当に優しい子でした」
 
 家族や友達にも相談できぬまま、徐々に生きる希望を失い、“死”を真剣に覚悟するようになっていったAくん。祖母に一度だけ、理由もいわずに本音をさらけ出したことがあったという。
 
「鼻水を垂らしながら、おばあちゃんにしがみついて、“おばあちゃん、ボクなぁ、死にたいねん…”って泣きついたそうです」(前出・知人)
 
 その数日後、Aくんは自ら命を絶った。
 
「遺体は傷もなくて、きれいだったと聞いてます…。本当に安らかな顔をしていて、ようやく苦しみから抜け出して、ほっとしたような表情だったそうです。お父さんは冷静さは保っていますが、やっぱりショックでショックで仕方ないんです。“あのとき、こうしておけば…気づいてあげていれば…”なんてことを何度も何度もこぼしてましたよ」(前出・知人)
 
※女性セブン2012726日号
 
 
おばあちゃんにはしがみついて「死にたいねん」と本音を言えたのに、両親には最後まで本音を言えなかったのはなぜでしょう。
「今日頑張ったんやで」とは言えるが、「今日あかんかったわ」と言えない家庭だったのでしょうか。だとすると、「学校でイジメられてるんや」と言えなかったのもわかりますが。
 
よく、親に心配をかけたくないのでイジメのことを話さなかったのだという人がいますが、親に心配をかけたくない子どもが、親に子どもを喪う悲しみを味わわせるというのは矛盾しています。
 
子どもが学校でイジメられていることを親に話さないことはよくありますが、それはどちらかというと親のあり方に原因があると思います。たいていの親は「学校でよくやっている子」は好きですが、「学校でイジメられている子」は好きではありません。子どもは本当のことを言うと親から嫌われるのではないかと恐れて、あるいは家庭の雰囲気が悪くなることを恐れて、本当のことが言えないのです(ですから、親はなにがあっても子どもを愛するというメッセージを発していなければなりません)
 
それにしても、親が不機嫌になっても、家庭の雰囲気が悪くなっても、死ぬよりはましだと思って、ほとんどの子は自殺する前に親に救いを求めると思います。親になにも言わずに自殺するというのは、よほど親子関係に問題があるのだと思います。
 
この記事によれば、父親は「“あのとき、こうしておけば…気づいてあげていれば…”なんてことを何度も何度もこぼしてましたよ」ということですが、このへんのことを具体的に語ってもらいたいものです。世の中には子どもがイジメられているのに気づかない親がいっぱいいると思われますが、そういう親に参考になりますし、イジメられている子を救うことにもなります。
 
しかし、父親は損害賠償を求めて加害少年と保護者と市を訴えている立場です。学校がイジメに気づかなかったのは過失責任だと主張しているのですから、自分もイジメに気づかなかったと言うと、過失相殺されてしまうので、弁護士から止められているのかもしれません。
 
この裁判は、自殺した少年からすれば、加害少年や学校や教委と自分の両親とが互いに相手に責任をなすりつけ合っている裁判です。
天国の少年は、双方が反省してくれることを望んでいるに違いありません。
 
 
 
学校や教委はイジメを隠蔽しようとしてきましたが、マスコミは家庭の問題を隠蔽しようとしています。それは、マスコミの人も問題のある家庭を持っていて、それから目をそらしていたいからではないかと私は思っています。
 
私がこうして家庭の問題を追及していると、加害少年や学校や教委の味方をしているのではないかと誤解されるおそれがあり、それが少々つらいところです。
 
しかし、私は加害少年や学校や教委を非難している人たちに同調する気はまったくありません。
現在の教育界には大きな問題があり、大津市の学校や教委の問題は、いわば氷山の一角です。氷山の一角だけ集中攻撃している人たちに、教育界全体を改革しようという気持ちがあるとは思えません。
むしろ、目立つものを集団で攻撃するというのは、イジメの構造そのものです。
 
 
 
大津市中2男子生徒自殺事件についてこれまで書いたエントリーを紹介しておきます。私は最初から一貫したことを主張しているので、今回書いたことと重複している部分もかなりあります(「大津市イジメ事件」というカテゴリーにまとめたので、そこから入れば効率的に読めます)。
 
「イジメ自殺事件の根本問題」
「自殺した子どものために」
「異常な学校と異常な家庭」
「家族関係からの逃走」
「他罰的傾向の父親?」
「イジメの構造」