9月1日の深夜、たまたまNHKEテレにチャンネルを合わせたら、ビル・ゲイツの講演をやっていて、これがおもしろいのでつい見てしまいました。
ビル・ゲイツは仕事を引退後、財団を設立して社会貢献活動をしています。彼が目指すのは、自然解決することのない問題にお金や英知をつぎ込むことで解決しようというもので、この講演ではマラリア対策とアメリカの公教育の改革について語っています。
ちなみにこの講演はTEDという組織が開催するもので、インターネット上に無料で公開されています。
 
ビル・ゲイツの現在の活動
 
彼の話によると、マラリアは1930年代には世界で年間500万人が死亡する病気で、ヨーロッパやアメリカ合衆国にも広がっていたそうですが、DDTとキニーネが開発されたことで先進国では撲滅され、今では貧困国の病となりました。そのためにマラリア対策に投じられる資金は薄毛治療薬の開発のための資金よりも少なくなっています。貧困国の問題解決よりも金持ちの男性の悩み解消が優先されるからです。こうしたことを踏まえて本来必要なところに資金をつぎ込み、殺虫剤と蚊帳を普及させるなどすれば事態は改善されると彼は言います。
 
彼の話はデータに基づいているので説得力があります。講演のあとの解説で、彼はなにかの問題に取り組むときは、その分野のすべての本をアマゾンで買い集めて読むということです。簡単なようでなかなかできることではありません。
ビル・ゲイツはもちろんIT業界で成功した偉大な人間ですが、この講演を聞くと、偉大な人間はなにをやっても偉大なのだなという気にさせられます。
 
講演の後半は、アメリカの公教育についてです。
アメリカの高校での中退率は3割にもなるそうです。白人以外については中退率5割で、低所得層では大学修了するよりも刑務所に入る率のほうが高いということです。
で、教育をどう改革するかということですが、教える能力の高い教師をふやすことがたいせつだと彼は言います(彼のいう教育改革とは学力向上だけのことで、人間教育とかイジメ対策とかは眼中にないようです)。しかし、教師の能力が伸びるのは最初の3年間だけで、そのあとは何年やっても教え方の質は変わらないという話には納得する人が多いでしょう(ほとんどの教師は毎年同じことをしていますから)
彼は、KIPPという指導要領によらない公立学校を成功した例として紹介します。そして、教師の能力向上は可能だとして、その方策を語ります。
それはつまり、生徒の学力をテストし、テストの結果によってその生徒を教えた教師の教え方を評価する(あるいはその教師に反省させる)というやり方です。単純にフィードバックといってもいいでしょうか。現在、アメリカでもこうしたやり方はほとんど行われていないそうです。
 
現在の学校のテストは、生徒の学力を評価するだけのものですが、Aのクラスの学力とBのクラスの学力を比較することで、Aのクラスの担任とBのクラスの担任の教える能力が比較でき、それを手がかりに教師は能力を伸ばしていけるというわけです(この説明はビル・ゲイツの言葉ではなく、私の理解したところです)
 
私はこのやり方には基本的に賛成です。橋下徹大阪市長は学力テストの結果を公表するよう主張し、議論を呼んだことがありましたが、橋下市長の狙いは上から学校や地域の教育委員会を評価しようということと思われ、これにはあまり意味がありません。しかし、個々の教師が自分の教え方を反省する材料に使うなら意味のあることです。
 
 
しかし、私はビル・ゲイツの教育改革論にある程度は賛成しますが、大きなものが抜けていると思います。
それは、「生徒の意志」です。
テストではかれるのは学力だけで、生徒がその教師をどう思っているか、その教科の内容をどう思っているかということははかれません。しかし、いちばんたいせつなのはそこなのです。
 
私は生徒に教師を選ばせればいいと思います。
自分のクラスに生徒が集まらなければ、教師は反省して向上しようとするでしょう。それは単に教え方にとどまらず、生徒に好かれる人間、信頼される人間になるということも含まれますから、自然と人間教育にもつながっていくわけです(とりあえず生徒が教師を人間として教育するわけですが、その教師がまた生徒を人間として教育するという相互的な教育になります)
 
そして、教科の内容も生徒に選ばせればいいと思います。
今は、学校の教科で確実に役に立つのは読み書き計算ぐらいで、そのほかのものは全部あやしいと言っても過言ではありません。
もちろん知識はないよりはあったほうがいいのですが、今の学校ではくだらない知識、偏った知識を注入されている可能性がたぶんにあります。
生徒に好きな教科内容を選ばせれば、教科内容は自然に進化していきます(もちろん教師はなにを教えてもいいという制度です)
 
ビル・ゲイツはウインドウズというすばらしい基本ソフトをつくりあげましたが、これは決して彼や彼の部下たちの努力だけによるものではありません。コンピュータ・ユーザーが自由によいものを選ぶ権利を持っていたからこそ、彼らの努力が報われ、さらなる努力へとつながったのです。
現在、日本のラーメンはきわめて進化した食べ物となっていますが、これは誰かがラーメン屋を教育したからではありません。客が好きな店を選んできた結果です。
日本の自動車会社がすばらしい車をつくれるようになったのも、ユーザーのわがままにひたすら応えてきた結果です。
 
教育内容を進化させるには、生徒が好きな教科を選ぶことができ、教師は生徒のわがままな要求に応えてなにを教えてもよいという制度にすればいいのです。
その結果、どういうことになるかというと、生徒はまず金持ちになりたいと思うので、「いかにしてお金を儲けるか」という教科が人気になるでしょう(ビル・ゲイツもそういう講演をしてほしいものです)。それから、「こうすれば異性にもてる」という教科も人気になるでしょう。あと、「健康で長生きする方法」ということで、医学や栄養学やスポーツ科学が学べることになるはずです。
英語や数学は、金持ちになる手段として学べばやる気をもって学べます。オシャレの方法だの喧嘩に勝つ方法だの労働者の権利だのも学校で学べるようになるでしょう。
 
ビル・ゲイツはユーザーから選ばれることで事業を成功させることができたのに、教育については生徒が選べる制度を提唱しないのは不思議なことです。
私は偉大なビル・ゲイツと比べるとまったく凡庸な人間ですが、少くとも教育については、ビル・ゲイツよりも一歩先を考えていると思います。