中国で反日デモが燃えさかっています。長く続いた東アジアの平和が終わる予感がします。
 
反日デモの直接のきっかけは、日本政府が尖閣諸島を国有化したことですが、日本政府としては石原知事の東京都が買い取るよりは穏便に処理するので、そのことを中国に説明すれば理解してもらえるという考えだったのでしょう。しかし、中国政府からは日本政府と東京都の出来レースに見えるのかもしれません。
私としては、今回の事態については、最初に火をつけた石原知事が責めを負うべきだと考えますが、世の中にこういう声はそうとう少ないでしょう。
 
そもそもナショナリズムというのは「国家規模の利己主義」のことですから、ナショナリズムとナショナリズムは必ず衝突します。これは夫婦の双方が我を張れば必ず夫婦喧嘩になるのと同じです。
 
戦後の日本人はそのことが体験的にわかっていましたから、ずっと日本のナショナリズムを抑制してきましたし、日本のアジア外交も抑制的でした。
しかし、冷戦が終わってから、日本は右傾化し、ナショナリズムが台頭してきました。
ナショナリズムが台頭するのは、人間が利己的に生まれついている以上、ある程度必然のことといえます。
 
今回の中国における反日デモは尖閣諸島の領土問題がきっかけで、最近韓国と日本の関係が悪化しているのも、竹島の領土問題がきっかけです。しかし、それはあくまできっかけで、より大きな問題として「歴史認識」の問題があると思います。
たとえば、中国はフィリピンとも領土問題でもめていますが、中国で激しい反フィリピンデモが起こったという話は聞きません。また、中国はロシアとも領土問題をかかえていましたが、これは2004年に解決しました。
中国とロシアの領土問題が解決したというのは、たまたま昨日の新聞で読みました。〈風〉中国の領土問題 愛国主義と実利外交のはざま■坂尻信義(中国総局長、ウラジオストクから)という記事から一部を引用します。
 
9月初旬にアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれた「ウラジオストク」という地名は、ロシア語で「東方を支配せよ」という意味だと、この港町に常駐する同僚から教えられた。ただ、中国では「海参●(●は山かんむりに威)という呼び名が定着している。「ナマコの入り江」という意味だ。
 
 清朝と列強が結んだ北京条約で、ロシア帝国は極東の沿海地方を割譲させ、太平洋への足場となる不凍港を手中に収めた。しかし、この不平等条約で奪われたはずの土地の領有権を主張する声は、ナショナリズムが渦巻く中国でも、あまり聞かない。
 
 胡錦濤(フーチンタオ)国家主席は2004年、ロシアのプーチン大統領(当時)を北京に迎え、両国の国境問題の決着を宣言。ロシアが大ウスリー島(中国名・黒瞎子島)の半分を中国に渡すことなどで、約4300キロの国境を画定させた。
 
 この決定は島を実効支配していたロシアでも、さらなる果実への期待があった中国でも批判された。それでも2人の指導者は、行き着くところ軍事衝突しかない「ゼロサムゲーム」に終止符を打った。中ロ貿易は胡錦濤体制の10年間で、約8倍に伸びた。両氏は7日、固く握手した。(朝日新聞デジタル20129170300)
 
領土問題も、双方が感情的にならなければ、経済合理性によって解決できるといういい例です。
しかし、日中、日韓はなかなかこうはいかないでしょう。それはやはり「歴史認識」の問題があるからです。
 
戦後、日本は中国、韓国と国交を回復してから、侵略戦争や植民地支配について基本的にはきちんと謝罪しています。
ウィキペディアの「日本の戦争謝罪発言一覧」という項目から引用します。
 
1972929 - 田中角栄総理大臣。「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」
 
1990524 - 今上天皇。 「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません。」
 
1992117 - 宮澤喜一首相。「我が国と貴国との関係で忘れてはならないのは、数千年にわたる交流のなかで、歴史上の一時期に,我が国が加害者であり、貴国がその被害者だったという事実であります。私は、この間、朝鮮半島の方々が我が国の行為により耐え難い苦しみと悲しみを体験されたことについて、ここに改めて、心からの反省の意とお詫びの気持ちを表明いたします。最近、いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが,私は、このようなことは実に心の痛むことであり,誠に申し訳なく思っております。」
 
1993823 - 細川護煕首相。「()我々はこの機会に世界に向かって過去の歴史への反省と新たな決意を明確にすることが肝要であると考えます。まずはこの場をかりて、過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」
 
しかし、その一方で、植民地支配や侵略戦争を正当化しようとする有力政治家の発言が繰り返され、日本の謝罪はどこまで本気なのかという疑念を中韓両国で生んできました。
とくに最近は右傾化が進んだために、その手の発言がふえてきました。ただ、発言の内容は昔と変化しています。昔は、「あの戦争は侵略戦争ではなかった」とか、「日韓併合は植民地支配ではなかった」というのが主でしたが、最近はもっぱら「慰安婦の強制連行はなかった」とか「南京虐殺はなかった」というふうにスケールダウンしています。
 
慰安婦問題についてはこのブログで取り上げ、「軍や官憲による強制連行の証拠はないから河野談話を見直せ」という主張は国際社会ではまったく通用しない愚論であることを指摘しています。
 
「南京虐殺はなかった」という主張は、30万人虐殺という数字が過大であるということから始まったものですが、かりに3万人であれ、0人であれ、日本軍が中国各地で略奪、強姦、虐殺を行ったことが否定できるわけではないので、いったいなんのために「南京虐殺はなかった」と主張するのか意味がわかりません(これは「アウシュビッツにガス室はなかった」という主張と同じです。ガス室があってもなくても、ユダヤ人がナチスにひどい目にあわされたことは変わりません)
 
つまり「強制連行はなかった」とか「南京虐殺はなかった」とかは、重箱の隅をつつくような議論になっていて、日本の右翼の劣化を示しています。こういう主張をする人には、「植民地支配は謝罪しないんですか」とか「侵略戦争は謝罪しないんですか」と聞いてみたいものです。
 
とはいえ、重箱の隅をつつくような議論をしてまで謝罪したくないという心理にも、一分の理はあります。
それは「欧米列強は謝罪していないのになぜ日本だけが謝罪しなければならないのか」という理屈です。
たとえば、「日本軍は確かに略奪や強姦や虐殺をしたかもしれないが、どこの国の軍隊もそういうことは大なり小なりしているもので、ソ連軍なんか日本軍よりもっとひどいのに謝罪していないではないか」といったものです。
 
この理屈にはもっともなところがあります。ですから、これをどんどん追究していけばいいと思うのですが、残念ながら日本の右翼は、この理屈を日本が謝罪しないための方便にしか使っていません。
日本の右翼はまた、「日本はあの戦争によってアジア諸国を欧米の植民地支配から解放した」と戦争の正当化をはかる一方で、「日本が半島や大陸を植民地支配したのは当時の価値観では正当だった」と矛盾した主張をしますが、この矛盾が放置されているのも同じことです。
 
つまり日本の右翼は、日本の植民地支配や侵略戦争を日本とアジア諸国の関係だけでとらえていて、グローバルにとらえていないのです。
 
日本が植民地支配や侵略戦争を謝罪したなら欧米もまた同じように謝罪しなければなりません。当然の理屈です。
日本は一応謝罪したのですから、次は欧米に対して「君たちも謝罪するべきだ」と主張する権利を持つことになります。これは国際政治において有力なカードです。
 
そもそもアメリカ合衆国は先住民虐殺の上に成立した国であることを謝罪していませんし、白人は黒人を奴隷化したことを謝罪していませんし、もちろん欧米は植民地支配したことを謝罪していません。
これは欧米白人が傲慢であるからですが、日本の知識人は欧米式の教育を受けているために、こうした認識がほとんどありません。
 
日本は日露戦争に勝利したことで、欧米列強にしいたげられていた有色人種から希望の星と見なされる時代がありました。日本の右翼はその栄光の時代を忘れたのか、欧米にはほとんど物が言えず、中国や韓国にばかり物を言う存在に成り下がりました(石原知事などその典型です)
 
日本のナショナリストも中国のナショナリストも韓国のナショナリストも同様に愚かですが、日本のナショナリストが最初にその愚かさから抜け出さなければなにも始まりません。