久しぶりのシリーズ「横やり人生相談」です。読売新聞の「人生案内」が有料化されてしまったので、ネタが探しにくくなってしまいました。
今回は、ダメ息子に悩む母親の相談です。
 
私はこのブログで政治のことや教育のことや犯罪のことや家族のことを書いていますが、バラバラのことを書いているつもりはなく、私の中では全部つながっています。
中でも根底にあるのは家族の問題です。
たとえば、アメリカの大統領選を見ても、同性婚禁止、中絶禁止など、家族に関わることが大きな争点になっていますし、戦争も夫婦喧嘩も似たようなものです。また、異常性が感じられる犯罪をする者はほとんどの場合、ゆがんだ家庭で育っています。
ですから、「元気があればなんでもできる」ではありませんが、「家族のことがわかればなんでもわかる」ということなのです。
 
中でも親子関係は家族関係の中核になります。
今回の相談は、母親と息子以外のことはいっさい書かれていないという“純粋親子関係”についてのものです。ほかの要素がないだけに、親子関係について考えるのにいい材料になるはずです。
 
〈悩みのるつぼ〉高校生のダメ息子に悩んでます
■相談者:母親 50代
 50代の女性です。親への依存心が強いうえ怒りの沸点が低く、やらなければならないことにも向き合わず、逃げられないとなると怒って感情を爆発させる。そんな甘えの強い高校生の息子に悩んでいます。
 「悪い成績を見るのが嫌だから、模試は受けたくない」「朝勉強しようと思ったけど、寝坊したからテンションが落ちて今日はやる気が起こらない」「集中力が続かないからできない」と、いつもできない理由ばかり並べ、助言や注意をしても「それは~だからできないんだ!」とまたもできない理由を並べ、怒って声を荒らげ始めます。そして、結局逃げてしまいます。
 逃げられないとなると、そのストレスで感情を爆発させ、私に対処せよとばかりに「どうしたらいいの?」と尋ねてきます。相談と言いつつ、最初から怒っているので、下手なことを言うとさらにヒートアップ。その繰り返しで、私を「ひとごとみたいな対応で、助言もしてくれない。子どもがどうなってもいいんだな」と責めます。
 いさめても、弁が立つうえ威圧するので揚げ足を取られ、なぜか私が悪いことになってしまいます。大学に入っても、ダラダラとして単位も取れず……という姿が目に浮かびます。自分に甘く、親への甘えも人一倍の息子をどう自覚させ、どうまともな大人にしていけばよいでしょうか?
朝日新聞デジタル20129221500分 
 
この相談の回答者は評論家の岡田斗司夫さんです。
岡田さんは、息子がダメ人間であることを変えるのはむずかしいといいます。母親が息子と口喧嘩ばかりしていると、息子はダメ人間であるだけでなく、「イヤなダメ人間」になります、ほっといて「ダメだけど好人物」にしたほうが息子も母親も幸せになれますよ、というのが岡田さんのメインの回答です。
それに追加して、「息子の将来」よりも「いまのご自分」を大事にしてください、2人は鏡なんですから、とも書いておられます。
 
この回答に不満があるということはありません。誰が考えても、息子よりは母親のほうに問題があるに違いなく、母親を説得するには岡田さんの回答がベストのように思えます。
ただ、岡田さんは「息子はダメ人間」という母親の言い分をそのまま受け入れていますが、私はそこのところを追究してみたいと思います(私は母親を説得する必要がないので、岡田さんと違って好きなことが書けます)
 
最初にも触れましたが、この相談には母親と息子以外の人間がいっさい出てきません。
もし「夫は『お前は息子にかまいすぎだ。放っておけ』と言って、私と意見が合いません」というような記述があれば、この母親は過干渉の人ではないかという推測ができますし、「2つ上の姉はしっかりしていて、息子と大違いです」というような記述があれば、なぜ姉と弟は違うのかということから、母親の子どもへの接し方に問題があるのではないかというふうに追究していくこともできます。
しかし、この相談はすべてが母親の息子についての主観的評価で、現実との接点がないので、この主観的評価が正しいのか否か判断できません(だから岡田さんもそこはスルーしたのでしょう)
 
しかし、現実との接点がまったくないとは必ずしもいえません。というのは、この息子も赤ん坊だったときがあるわけで、そのときはどうだったかを考えれば見えてくることがあります
 
この息子は赤ん坊のときからダメ人間だったのでしょうか。ほかの赤ん坊よりも母親への依存心が強く、怒りの沸点が低く、やらなければならないことにも向き合わず、オッパイを飲むときもハイハイするときもダラダラしていたのでしょうか。
そんなことはないはずです(もしそうだったら母親もそう書くでしょう)
つまりここに現実との接点というか、認識の土台があるわけです。
「赤ん坊のときはまともだったが、高校生の今はダメ人間である」ということは、成長のどこかの段階でダメ人間になった、あるいは成長の全過程でダメ人間化が進行した、ということになります。
いったいどんな理由でそんなことになるのでしょうか。いちばん考えられるのは、親が育て方を間違ったということです。あるいは親がダメ人間なので、子どもがそれを見習ったということもあります。
 
しかし、この母親にそういう認識はないようです。
「親はまともな人間で、ちゃんと育ててきたのに、子どもはダメ人間になった」ということはひじょうに考えにくいのですが、世の中にはそう考える人もいます。そういう人は、悪い友だちとつきあったからだ、低俗テレビ番組などのメディアのせいだ、世の中の風潮に染まったからだと主張しますが、こうした声はけっこう世の中に存在します。しかし、親の影響力が悪い友だちの影響力に負けるというのは、やはり親に問題があるということになるはずです。
 
もしかして、生まれつきダメ人間がいるのだと主張する人がいるかもしれません。しかし、自分はダメ人間でないのに、自分と自分が選んだ人の遺伝子を受け継いだ子どもがダメ人間であるというのも通常ありえないことです。突然変異を持ち出す人がいるかもしれませんが、もし生まれつきのダメ人間なら、教育によってなんとかしようというのも無意味になります。
 
ともかく、「赤ん坊のときはどうだったのか」ということを原点にして考えると、「親はダメ人間でないのに、子どもはダメ人間である」ということは通常ありえないということがわかるはずです。
 
 
ということは、この相談の場合は、どう考えても母親に問題があるということになります。
母親が「助言や注意」をすると息子は逃げてしまい、「逃げられないとなると、そのストレスで感情を爆発させ」るということですが、そうとう「助言や注意」で追い詰めているに違いありません。
つまり、母親があまりにも息子の問題に首を突っ込むため(過干渉)、息子に当事者意識が芽生えないのだと考えられます(岡田さんはそのへんを洞察して回答しています)
 
では、なぜ母親はそういうことをするのかというと、ダメな息子とかかわることが生きがいになっているからです。息子がダメでなくなり、自立していくと、自分の生きがいがなくなってしまうので、自立を阻むために過干渉をするわけです。
 
なぜダメな息子とかかわることが生きがいになっているかというと、それ以外の人間関係(とくに夫との関係)がほとんどないからであると想像できます。
ここで、相談にほかの人のことがいっさい書かれていないことがつながってきました。
 
夫婦仲がよければ、子どもが自立してもそれほど寂しくありません。しかし、夫婦関係が壊れていると、子どもが自立すると孤独になってしまいます。そのため、夫婦仲の悪い親が子どもの自立を阻むということがよくあります(父親は娘の自立を阻み、母親は息子の自立を阻むというのがよくあるパターンです)
 
ですから、この母親の相談への回答としては、息子さんのことは放っておいて自分の生きがいを見つけてくださいということです(岡田さんの回答とほとんど同じです)
 
 
ところで、「赤ん坊のときはどうだったのか」という発想はいろんなときに役立ちます。
たとえば、「近ごろの若い者はなっていない」と嘆くおとながよくいますが、こういう人には「近ごろの赤ん坊をどう思いますか」と聞いてみるといいでしょう。まともな思考力のある人なら、自分の考えのおかしさに気づくはずです。