週刊文春10月4日号が「大沢樹生・喜多嶋舞長男(15)が虐待告白『僕はパパに殺されます』」という記事を載せています。子どもが親の虐待を告発するというのはひじょうに珍しいケースなので気になり、コンビニで立ち読みしましたが、結局買ってしまいました。
というのは、私は少し前に「息子はダメ人間」という記事で、「赤ん坊のときはどうだったか」という発想はいろんなときに役に立つと書きましたが、これはちょうどそのよい例と思えたからです。
「息子はダメ人間」
 
大沢樹生さんは元「光GENJI」のメンバーで男優、喜多嶋舞さんは女優ですが、私の世代にとっては喜多嶋舞さんというと、当時のスーパーアイドルだった内藤洋子さんの娘さんというイメージが強いです。
2人は1996年に結婚し、翌年に長男・文也君(文春記事における仮名)が生まれます。2人は2005年に離婚しますが、親権は喜多嶋舞さんのほうに、そして文也君は大沢樹生さんと同居するという形になりました。
親権者と同居者が別になったために、文也君はあまり同居者である親に依存することができず、それが親の虐待を告発するという異例の行動を可能にしたのかもしれません。また、文也君は小さいときに警察や児童相談所と関わったことがあり、祖母との関わりもあり、それも親への依存をへらすことになったのかもしれません。現在は中学時代の同級生の自宅にかくまわれているということで、そういうかくまってくれる場所があることも大きいでしょう。
 
文春の記事によると、両親が離婚する前から文也君は喜多嶋舞さんに虐待されていたということです。ウェブ版がないので、手で打ち込んで引用します。
 
僕の記憶にあるのは、家族三人で暮らした目黒の家なんですけど、この頃からママにボコボコにされる毎日を過ごしていました。ママはアメリカ育ちで英語がペラペラなので、僕にもそうなって欲しかったんでしょう。保育園から戻るとまず英語のレッスンをしていました。AからZまでアルファベットが並んだ教材があって、押すとappleとかcatとかお手本の声が流れるやつ。だけど、僕が単語をうまく発音出来ないと、思いっきりビンタされるんです。ママの表情を見ていれば、うまく言えたかどうかわかるので、ビクビクして顔色を窺っていました。
保育園のお弁当のことでもいつも殴られていました。「お弁当を残しちゃだめよ」と言われていたのに残してしまう僕も悪いのかな、と思っていたんですけど、蓋を開けて食べ残しを見つけると、弁当箱ごと僕の頭に叩きつけるようなことはしょっちゅうでした。ケチャップまみれになったり、お米まみれになって泣いていたのを覚えています。
(中略)
小学校に入ってから“風呂”が始まりました。水を張った浴槽に向かって立たされて、肩を浴槽の縁に押しつけながら、後頭部の髪を掴んで水に沈めるんです。息が苦しくて、「もダメ、死ぬ」という時に、プロレスのタップみたいなことをママにするんですけど、そうすると一瞬だけ上げてくれるんです。でも息が出来るのは一回だけで、またすぐ水に浸けられてしまうんです。それを何回も繰り返すんですけど、終わったころには動けないくらいぐったりしちゃうんです。ママは満足するのか、何もなかったかのようにキッチンに戻ったりするんですけど、僕はその場でいつまでも泣いていました。
怒り出すとすぐに包丁を僕の喉元に突きつけたりするので、だんだん僕もおかしくなってきて、小学校一年生の時には僕の面倒を見に来てくれていた、お父さん方のお祖母ちゃんに叱られただけで、包丁を持ち出したこともありました。
(中略)
離婚の本当の理由はわかりませんけど、ママが出て行った日に何が起きたかははっきりと覚えています。あの日、パパは一階のリビングのソファーで寝ていました。ママは何かを理由に僕のことを怒り終わると、寝ているパパのところに連れていき、「パパにちゃんと謝りなさい」って言ったんです。
僕がパパを起こせないでいると、ハイヒールのヒールの部分で僕の頭を思いっきり殴ったんです。頭が切れて、周りが血だらけになりました。パパは僕の悲鳴で目を覚まし、二人が殴り合いのケンカになりました。ママがボコボコにされて「出ていくわ」という話になって、結局、その日のうちに出て行きました。
 
こうして2人は離婚し、文也君は大沢樹生さんと2人で暮らすようになりますが、今度は大沢樹生さんから虐待されるようになります。これについてもかなり詳しい描写がありますが、それは省略して、最後の場面だけ引用します。
 
そんな中で、先週日曜日、僕が家を出て行くことに決めたあの“事件”が起きました。居酒屋のバイトの帰り、門限に遅れて、家の鍵を開けるとパパが無言で蹴っ飛ばしてきたんです。有無を言わさず蹴られ、その後はパンチが十五分ぐらい続きました。「風呂に入れ」と言われたので言われたとおりにすると、今度はいきなり押さえつけられ、日本刀を喉に突きつけられました。パパはすごい恐ろしい顔で僕を睨み付け、「これ引いたら死ぬぞ。オイ、ナメてんじゃねえぞ。どんだけ俺たちを裏切ったら気が済むんだ」というと、さらに僕を殴りつけました。この時、僕は「ああ、もうこの家に僕の居場所はないんだな」とはっきりわかったのです。
翌朝、僕は家を出ました。
 
以上は、文也君が語ったことです(正確には文春の記者が聞き取って書いたことです)
もちろんほかの人にはほかの人の言い分がありますから、それも引用します。
以下は、大沢樹生さんと再婚相手の早苗夫人が文春の記者に取材されたときのやり取りです。
 
――文也君は大沢さんからも長年にわたり暴行を受けていると語っています。
「それはありません。中学に入ってからはほとんど手を上げていません。小突く程度はありますが、どこの親でもある程度の話です」
――大沢さんが文也君に包丁を突きつけたことは?
(早苗夫人)「私が彼(文也君)に包丁を突きつけられたんです。包丁はひっきりなしでした。最初は祖母にやっていました。『助けて』と声がして行くと、祖母に至近距離で包丁を突きつけて、『殺すぞ』と」
(大沢)「あの子は虚言癖があって、自分が加害者でも被害者にすり替えて話すんです。心療系のクリニックにも通わせています」
 
次は、祖母に取材したところの、祖母の言葉です。
 
文也君から包丁を突き付けられたことは「ああ、あれは幼稚園くらいのまだ物の分別が付く前のことです」とのことだった。
 
そして、喜多嶋舞さんも取材に応じて、次のように語りました。
 
――英語のレッスン中に殴ったことは?
「私が彼に勉強ごとを教えたということは一切ございません。英語の玩具自体も家になかったと思います」
――包丁を突きつけた?
「小二の頃、一度、家庭教師さんと祖母がいたとき、彼が包丁を出して暴れたというのを聞きました。また、他のときに祖母に包丁を突き付けたと祖母から聞きました」
――水をはった浴槽に顔を押し付けることは?
「彼ね、水泳が好きで一年生のころから一人でお風呂に入ってたんですよ。『見て見て、イルカだよ』とか言ってお風呂に潜ったりするのを見せてくれたりして、後は自分で身体を洗ったりしてたので、彼が浴槽にいるところに近寄ったこともないので、何なんだろうというのが正直な感想ですね」
――ハイヒールで殴ったことが離婚の原因では?
「そんなことしたら、すごいですよね。私が一番悲しいのは、本人がそう思い込んでしまっていること。どうしてこういうことを思うようになっちゃったのか」
 
まさに「藪の中」です。これがあんまりおもしろいので、長々と引用してしまいました。
 
文春の記事は虐待を強く疑わせるような結末になっていますが、虐待があったと断定しているわけではありません。
 
実際のところはどうなのでしょうか。「藪の中」だから、真実はわからないということですませてしまっていいのでしょうか。
 
問題は文也君の「虚言癖」です。文也君はほんとうに虚言癖なのでしょうか。
 
ここで「赤ん坊のときはどうだったのか」という発想が効いてきます。
「生まれつきの虚言癖」なんて聞いたことがありません。いったいどこの時点で虚言癖になったのでしょうか。
両親ともに虚言癖でないのに子どもが虚言癖になるということがあるのでしょうか。
そもそも文也君はなぜ嘘をつく必要があるのでしょうか。嘘をついてなにか利益があるのでしょうか。
一方、両親のほうは嘘をつくことで世間の批判をかわすことができます。
 
こう考えると、文也君はほんとうのことを言っていて、両親が嘘を言っているという結論になるはずです。
両親は文也君を虐待した上に、虚言癖という汚名まで着せたのです。
 
しかし、世の中には親による幼児虐待を隠蔽し、子どもが嘘をついているという結論に持っていきたい人がたくさんいます。
アメリカでは1980年代に、幼児期に親に虐待(とくに性的虐待)されたとして親を相手に賠償金を求めるという訴訟が相次ぎました。最初は訴えが認められていましたが、そのうち虐待を隠蔽したい人たちが基金をつくって訴えられた親を支援し、また心理カウンセラーが虐待された記憶をねつ造しているという本が書かれるなどして、敗訴が相次ぐようになり、現在ではこうした訴訟はなくなってしまいました。
 
大津市の中二男子生徒自殺事件において、もっぱら学校でのイジメが自殺の原因とされ、親が虐待していたのではないかという疑惑が完全に隠蔽されているのも同じ構図といえます。
 
韓国の元慰安婦の証言を嘘と決めつける人が多いのも同じです。
 
自民党新総裁に選ばれた安倍晋三氏の「美しい国」にも、幼児虐待などはないことでしょう。
 
家族の問題を正しく理解しないと国家の問題も社会の問題も理解できません。