限度をわきまえない人を見ると白けた気分になるものです。橋下徹氏のことです。
橋下氏は朝日新聞側が謝罪したあと、今度は佐野眞一氏を攻撃しています。
 
橋下代表、執筆者への非難継続 おわびには不満
 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長は22日、自身の出自に関する記事を週刊朝日に執筆したノンフィクション作家佐野真一氏について「明らかにペンの力での家族抹殺だ。逆に僕は佐野を抹殺しに行かなきゃいけない」と述べ、記者会見やツイッターで非難を続ける考えを示した。
 週刊朝日が、23日発売の最新号でおわびを掲載することについては「これから検証すると言っているが、再起不能で矯正不可能だ」と不満の意を示し、「次の記者会見に来るかどうか。そこにかかっている」と、市長記者会見で掲載経緯などを説明するようあらためて求めた。
2012/10/2220:38   【共同通信】
 
また、橋下氏は週刊朝日が母親宛てに佐野氏の記事掲載誌を送りつけてきたとして、「母親が怒り狂ったり、狼狽(ろうばい)したりする姿を記事にするつもりだったのか。こいつら人間じゃない、鬼畜。矯正不可能な鬼畜集団」とも発言しています。
 
 
私は週刊朝日掲載の佐野眞一氏執筆「ハシシタ 奴の本性」の中にこんなくだりがあることを思い出してしまいました。
 
橋下徹の父親が自殺しているばかりか、従兄弟が金属バットで人を殺しているという。橋下徹の周りには修羅が渦巻いている。
 
自分から佐野氏の文章の通りになってどうすると皮肉を言おうとしたら、ネットのニュースを見たところ、橋下氏がツイッターで週刊朝日に謝罪していました。
 
【訂正・お詫び】連載第一回の週刊朝日を、週刊朝日サイドが実母に送り付けた事実は存しませんでした。現物は実妹が購入してきたものです。週刊朝日サイドから実母へ送ってきたのは連絡が欲しい旨のレタックスで、当該週刊朝日発売日前です。
 
事実を訂正するとともに、このような誤った事実認識のもとに、週刊朝日を鬼畜集団と批判したことは申し訳ありませんでした。以後、公言する際は、しっかりと事実確認をしていきます。
 
実にバカバカしい顛末ですが、せっかくここまで書いたのですし、これもおもしろいかと思ってそのままにしておきます。
 
橋下氏は週刊朝日への攻撃については謝罪しましたが、佐野氏を「抹殺」するとしたことについては訂正していないようです。
判断力が狂っているとしか言いようがありません。
 
小泉純一郎元首相も敵を徹底的に追い詰める戦い方をしました。しかし、小泉元首相の場合は、敵は抵抗勢力であって、構造改革のためという目的がありました。
橋下氏が佐野氏を「抹殺」しようとするのは、個人的恨みによる個人攻撃です。佐野氏を「抹殺」したところで国がよくなるというものではありません。そんなことをする暇があったら、大阪市政や維新の会の運営に力を注ぐべきです。
 
日本維新の会は1020日、全国遊説を開始し、熊本、鹿児島、福岡で橋下代表が街頭演説を行いましたが、世の中の反応はイマイチで、「政策がよくわからない」という声が多かったようです。首相公選制や一院制や道州制は、それをやっても世の中がよくなるのかどうかよくわかりませんし、脱原発、TPPについての考え方もよくわかりません。本来なら「既得権益をぶっ壊す」ということを強調すれば国民に受けるはずですが、維新の会に集まった現職国会議員がいかにも古くさい人たちなので、それを言っても説得力がありません。
橋下氏も自分がなにをやろうとしているのかわからなくなっているのではないでしょうか。
 
で、これまでの成功体験から、得意の論争術でバトルを演じて受けようというのでしょうが、個人攻撃は政治家のやることではありません。
「お前はボクシングの亀田兄弟か」と突っ込んでおきます。
 
 
なんだか脱力してしまいましたが、DNAと差別の問題についてまた書くことにします。
 
ウィキペディアの「橋下徹」の項によると、橋下徹氏の出生地は「東京都」となっており、「東京都渋谷区幡ヶ谷の六号坂通り商店街近くのアパートで幼少期を過ごした」ということです。
橋下氏が東京生まれなら、「橋下氏は被差別部落の出身」というのは違うことになります。
しかし、父親は被差別部落で生まれ、被差別部落で暮らしていたようです。その父親の血を引いているということからか、ウィキペディアには「橋下は被差別部落にルーツがある」という表現があります。週刊誌などもそうした観点を採用しているようです。
 
橋下氏は賢明にも「僕は東京の生まれだから、被差別部落の出身ではない」ということは言いません。それを言ったら、被差別部落で生まれた人は差別されて当然のように聞こえるからです。
それに、差別主義者というのは、どこで生まれても関係ないと考えているでしょう。つまり差別主義者が被差別部落の人を差別するのは、その地域に住んでいることよりも“血”を理由にして差別しているに違いないからです。
つまり差別主義者というのは、橋下氏のいう「血脈主義」だというわけです。
橋下氏は「血脈主義」という言葉をほとんど差別主義と同じ意味で使っているようです。
 
しかし、親の血が子に受け継がれることを「血脈」というのなら、「血脈」には悪い意味はありませんし、「血脈」が存在することを認める考え方を「血脈主義」というのなら、「血脈主義」にも悪い意味はありません。
人でも動物でも親の血を引いて、親の性質を受け継ぎます。それを認めることを「血脈主義」というのなら私も「血脈主義」ですし、おそらく世の中のほとんどの人が「血脈主義」です。
 
橋下氏が「血脈主義」を悪い意味で使うのは、実は橋下氏が“けがれた血”があると考えているからです。
「父親には“けがれた血”があるかもしれないが、自分の血は違う」というのが橋下氏の認識です。ですから、父親と自分を同一視する人を「血脈主義」といって攻撃するのです。
 
正しい認識は、「父親に“けがれた血”はないし、自分の血も同じだ」というものです。
こういう認識なら、父親と自分を同一視されても、「自分は父親と別人格だ」と言って反論はしても、「血脈主義だ」と言って相手を攻撃することはありません。
 
橋下氏は「血脈主義」という言葉を使うことによって、父親に“けがれた血”があるという自分の差別的認識を天下にさらしてしまったのです。
げに恐ろしきは差別主義です。
朝日新聞の人などは橋下氏以上に差別主義であるに違いありません。
 
 
差別主義については、こちらのエントリーでも書いています。
「これからの『差別』の話をしよう」