自民党の安倍晋三総裁は“禁じ手”とされる日銀の国債引き受けを求めたとして各方面から批判されました。安倍総裁はそういうことは言っていないと反論しましたが、これがまたブレたとして批判されました。しかし、これはもともと講演会での発言が間違って新聞で報道されたためだと、「J-CASTニュース」が報じました。もしそうなら安倍総裁にとっては気の毒なことです。
 
安倍氏の「日銀国債引き受け」発言 実は「買いオペ」省いた「誤報」だった
 
講演会での発言は、表現がわかりにくかったり、言葉を言い間違えたり聞き間違えられたりして、正しく伝わらないことがあります。
そして私は、やはり安倍総裁の講演会での発言で、問題の小さいバージョンの誤報を見つけてしまいました。
 
1129日、安倍総裁は都内で講演し、尖閣諸島実効支配を強化するために退役自衛艦を海上保安庁に移籍させるという考えを表明しましたが、その際、「物量」という言葉を使ったことに私は引っかかりました。
朝日新聞の記事の全文を示します。
 
「退役自衛艦を海保に移籍し活用」 尖閣防衛で安倍氏
  自民党の安倍晋三総裁は29日、都内のホテルで講演し、尖閣諸島周辺海域に中国公船が領海侵入を繰り返していることへの対抗策として「30年で退役した自衛艦を海上保安庁に移籍させる。即応予備自衛官も海保に編入させていく必要がある」と提案した。
 尖閣問題をめぐり、安倍氏は「我々は物量において阻止しなければいけない。我々は政権をとったら、海保と防衛省の予算を増やしていく」と強調。そのうえで「今から予算をつけても船ができるのは2年後だから間に合わない」と指摘し、退役自衛艦を活用する考えを示した。
 
「物量」という言葉は、太平洋戦争を語るときには欠かせません。「アメリカ軍の物量作戦によって日本軍は次第に敗勢に追いやられた」などと使います。
もっとも、アメリカ軍やアメリカ政府が「われわれは日本軍を打ち負かすために物量作戦を採用する」などと決めたことはありません。おそらくアメリカでは「物量作戦」という言葉もなかったでしょう。ただ戦争に勝つために兵器や軍需物資を目いっぱい生産して供給しただけです。それを日本から見たら「アメリカは物量作戦を展開している」となったわけです。
 
「物量」という言葉には、われわれは精神力では負けなかったという思いもあるでしょう。「多勢に無勢」とか「衆寡敵せず」という昔からある言葉でも日本軍の敗北は説明できるからです(米軍は上陸作戦のときは必ず日本軍の数倍の兵力を用いました)
 
とにかく、軍事に関することで「物量」という言葉が出てくるのは十分ありうることですが、中国に対して「物量」を持ち出すのはどうなのかという疑問があります。なにしろ中国は「世界の工場」であり、今では生産力も日本より上だからです。
 
そんな疑問を感じて、ほかのニュースも見てみると、産経新聞は同じく「物量」という言葉を見出しにまで使っていました。
 
実効支配強化へ古い自衛艦活用を 自民・安倍総裁、中国船領海侵犯に「物量で阻止」
 
しかし、時事通信は「物量」という言葉を使っていませんでした。
 
退役自衛艦を活用=尖閣警備へ緊急対策-自民総裁
 自民党の安倍晋三総裁は29日午前、都内で講演し、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の実効支配強化策に関し「今から(海上保安庁の巡視船増強のための)予算をつけても、船ができるのは2年後だから間に合わない。退役した自衛艦を海保に移し、即応予備自衛官を海保に編入させる必要がある」と述べ、衆院選で政権を奪還した場合、緊急に警備態勢を強化する考えを明らかにした。
 安倍氏は、尖閣をめぐる中国の動向に関し「明らかに実効支配を奪いにきている。毎日のように船で(周辺海域に)入ってきて、ここは中国の海だと世界に向けて言っている」と指摘。「中国は『実効支配を確立した』『共同管理しよう』と言うかもしれない。実効支配が半々になってしまったら(米国の対日防衛義務を定めた)日米安全保障条約5条が適用できるかどうかという大きな問題になる」と、強い危機感を示した。
 その上で、安倍氏は「まずは物理力で(中国船による領海侵犯を)阻止しなければならない。われわれが政権を取ったら、海保、防衛省の予算を増やしていく必要がある」と強調した。 (2012/11/29-10:44
 
こちらでは「物理力」となっています。
どちらも同じ安倍総裁の講演を聞いて書かれた記事です。「ぶつりょう」も「ぶつりりょく」も発音が似ていますから、朝日新聞記者と産経新聞記者は「物量」と聞き、時事通信記者は「物理力」と聞いたということでしょう。
 
どちらが正しいかはテープで確認するか、安倍総裁に聞くしかありませんが、私の判断では、安倍総裁は「物理力」と言ったのだと思います。
退役自衛艦を使うということは、「軍事力」ないし「武力」という言葉がふさわしいのですが、海上保安庁の所属になっているので、それを使うわけにはいかないということで、苦しまぎれに「物理力」という言葉を頭の中から引っ張り出したのでしょう(まだ「実力」とか「力」と言ったほうがよかったはずです)
 
朝日新聞記者と産経新聞記者は、『「物理力」という言葉はへんだ。軍事関係だから「物量」に違いない』と瞬間的に判断してしまったのでしょう。
 
まあ、間違ったからといってそれほどの問題にはなりませんが、中には私みたいに、「中国に対して物量で対抗するという安倍総裁の戦略は間違っている」と考える人もいるかもしれません。
 
「物理力」という言葉を使った安倍総裁にも責任の一端はあります。
日本国憲法があるから「戦力」という言葉を使いにくいという問題がありますが、今回のことはそれとは関係ありません。自衛艦と自衛隊員を海上保安庁の看板のもとに使おうという姑息な発想のために、「物理力」というへんな言葉が出てきてしまったのです。
 
国防軍や交戦規定について発言するなど、安倍総裁の頭の中は戦争のことでいっぱいのようです。