今井メロ著「泣いて、病んで、でも笑って」という本があります。今井メロさんというのはスノーボード選手としてトリノオリンピックに出た人ですが、昔は成田夢露という名前で兄の成田童夢さんとともに人気のあった人というと思い出す人が多いのではないでしょうか。この本はいわゆるタレント本ですが、私は縁あって読んでしまいました。そして、読むといろいろ考えさせられることがありました。
 
決してお勧めの本ということではありません。タレント本ですから、本人が書いたものではないでしょうし、内容が薄いのですぐ読めてしまいます。今井メロさんが元美人アスリートだからこそ本になったというところです。
しかし、そのおかげで私たちはめったに目にすることのない事実を目にすることができるということもあるわけです。
 
今井メロさんは1987年生まれで、上に兄が2人いて、長兄が成田童夢、次兄は一般人です。メロさんが5歳のときに両親が離婚し、メロさんと童夢さんは父親のもとで育ち、次兄はのちに母親に引き取られ、父親は再婚して弟が生まれます。複雑な家庭環境です。
メロさんは幼いころの記憶がほとんどないといいます。ようやく記憶が始まるのは小学校に入ってからです。
父親はファッションカメラマンですが、メロさんは父親からモーグルを教わります。5歳のときには滑っていて、6歳のときにモーグルマスターズの競技会、一般女子の部に出場し、成人女性を抑えて優勝します。といっても、本人には記憶がないそうです。
6歳のときにモーグルからスノーボードに転向します。父親がスノーボードを勧めたのです。父親はトランポリンを使う独自の練習法を考え出します。これは今でこそポピュラーな練習法となっていますが、当時はまだ誰もやっていなかったそうです。トランポリンのある自宅屋上にはカメラが設置され、父親はリビングで練習の様子をチェックしていて、少しでも手を抜くと屋上にやってきて、叱責の声が飛ぶということで、メロさんはいつもその恐怖におびえていました。
父親は徹底したスパルタ指導者で、メロさんは練習漬けの生活を送り、友だちと遊ぶ時間もなく、友だちは一人もいませんでした。メロさんは父親のことを「パパ」と呼んでいましたが、あるときから父親は「オレは先生や」といい、練習以外の家の中でも「先生」と呼ぶようになります。
 
メロさんは15歳のころからプチ家出を繰り返すようになり、近所に子どもの「駆け込み寺」みたいな家があったので、その家に行って「お父さんにぶたれて怖いんです。助けてください」と訴えます。それがきっかけになり、メロさんは自分の意思で児童保護施設に入ります。そこでは「やっと解放された~」という気持ちになったそうです。
その後、精神科病棟に入院し、また家に帰り、そして母の家に行き、姓を成田から今井に変えます。
 
メロさんはワールドカップで2度優勝し、トリノオリンピック代表に選ばれると金メダルへの期待が高まります。派手な壮行会はテレビ中継され、そこでメロさんはまるで芸能人のようにラップを歌います。そうしたことの反動もあって、オリンピックで惨敗すると、世の中からバッシングを受けることになります。
 
それからメロさんの人生は惨憺たるものになります。一時的に引きこもったあと、キャバクラ、ラウンジという水商売勤めをし、ホストクラブ通いをし、さらにはデリヘルという風俗嬢にもなって、それが週刊誌に報じられます。リストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症、妊娠中絶、二度の結婚と離婚、整形手術、レイプといったことも本の中で告白されます。
 
こうしたことの直接の原因はオリンピックで惨敗して世の中からバッシングされたことですが、やはり根底には家庭環境の問題があったでしょう。早い話が、親から十分に愛されなかったのです。
この本を読むと、たとえばリストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症といったことも、根本の原因は愛情不足なのだろうと思えます。
 
また、メロさんは17歳のときに高校生らしい3人組からレイプされます。これはもちろんレイプするほうが悪いのですが、この女ならレイプしても訴え出ないだろうと見られていたという可能性もあります。学校でイジメられる子どもにも共通した問題があるのではないでしょうか。
 
親から十分に愛されないと自尊感情や自己評価が低くなってしまいます。風俗嬢というのは社会的に低く見られる職業ですが、自己評価の低い人は抵抗なく入っていってしまいます。
 
整形手術にも自己評価の低さということがあるのではないでしょうか。メロさんの場合、練習で鼻を骨折したための手術もあったのですが、子どものころから容姿コンプレックスがあったということです。
 
普通、このように自己評価の低い人は自分の本を出すことはできません。精神科医やカウンセラーの本に、リストカットする患者などの症例として出てくるくらいです。メロさんは美人で人気あるアスリートだったために自分の人生を本に書くことができました。
こういう例としては、ほかに飯島愛さんの例があります。飯島愛さんも家庭環境の問題から家出を繰り返してAV嬢になるという過去があり、タレントとして人気が出たために自分の体験を「プラトニック・セックス」という本にすることができました。ネットで調べると、この本は今もリストカットをする女性などにとってバイブルとなっているということです。
 
メロさんはアスリートとしては挫折した人ですが、世の中には、一流スポーツ選手として成功している人の中にも、メロさんと同じような問題を抱えている人がいるのではないかと想像されます。
幼いころから父親のスパルタ指導を受けていたというスポーツ選手は、ゴルフ界や野球界やその他にもいっぱいいます。きびしい指導は愛情ゆえだという説明が通っていますが、ほんとうにそうでしょうか。少なくとも自分の人生を自分で決められなかったということは、ずっとあとを引くと私は思っています。
 
たとえば大相撲の若貴兄弟は、父親が親方でもあるという環境で育ち、力士としては大成功しましたが、そういう育ち方をしたことがのちにさまざまな問題を生んだと思います。
 
もっとも、同じ大相撲でも武双山関は、父親がアマチュア相撲の強豪で、子どものころから父親のきびしい指導を受けて相撲版「巨人の星」と呼ばれるぐらいでしたが、中学生か高校生のころに一度相撲をやめ、しばらくして考え直して自分から父親に頼んでまた相撲の指導を受けるようになったということです。このときに武双山関にとって相撲は「自分が選んだ道」になったのでしょう。
 
武双山関のようなことがないまま親の決めた道を歩んでいる人は、かりにその道で成功しても、自分の人生を自分で決めなかったという不幸はずっとついて回ります。
もちろん成功しないとまったく悲惨です。世の中には人目にはふれませんが、そういう悲惨な人生の人がいっぱいいると想像されます。
 
スポーツ界だけでなく、芸能界にもステージママやステージパパがいっぱいいますし、医者の世界にも、「いやいやながら医者にされ」というモリエールの戯曲のタイトルみたいな人がいっぱいいます。
親だからといって子どもの人生を決める権利はないということが常識になってほしいものです。