近く発足する安倍政権は、各国からタカ派政権と見られているようです。安倍総裁がタカ派発言を連発してきたので当然のことです。
日本では、「安倍総裁は日本を戦争のできる国にするつもりだ」といって批判する声があります。しかし、これは批判になっていません。安倍総裁は日本を戦争のできる国にするつもりですから、「それがなにか?」と言われたらおしまいです。
 
昔の日本人は戦争とは悲惨なものだというイメージがありましたから、「それは戦争につながる」とか「それでは戦争に巻き込まれる」とか言うことが十分な反論になっていました。しかし、今の若い人にはあまりそういうイメージはありませんし、中には戦争が好きな人もいます。となると、平和勢力の人は反論のやり方を変えなければいけませんが、旧態依然の人が多いようです。
 
もっとも、タカ派や右翼の人たちも、同様に旧態依然の人がほとんどです。というのは、彼らは戦争のイメージをよくしようとして、戦争そのものは悪ではなく、国際法や国際政治学においては正当な行為なのだと主張してきたのですが、それが実態に合わなくなっているのです。
たとえば安倍総裁は、「国防軍」「交戦規定」発言をしたときに、こう語っています。
 
安倍氏は、自衛隊の存在について「憲法9条の1項と2項を読めば軍を持てないとなってくる。しかし、こんな詭弁(きべん)を弄(ろう)することはやめるべきだ」と指摘。その上で「捕虜は、軍であればきちんと待遇される。そうでなければただの殺人者だ。軍隊として取り扱ってもらわなければならない」と述べ、自衛隊を憲法上、国防軍として位置付ける必要性を強調した。 
 
 
もうすでに自衛隊は外国から軍隊として取り扱われているのですから、「軍隊として取り扱ってもらわなければならない」と言うのは間違っています。 
そして、「捕虜は、軍であればきちんと待遇される」というのが、ネトウヨ的表現で言うと「お花畑」の発想です。世界でもこんなことを言っているのは日本の右翼ぐらいです。
安倍総裁はハーグ陸戦条約やジュネーブ条約を念頭に置いているのでしょうが、戦争観が古すぎます。アメリカはイラク戦争やアフガン戦争の捕虜をグアンタナモ収容所に収容していますが、捕虜はジュネーブ条約もアメリカの国内法も適用されず、日常的に拷問が行われていると言われます。もちろん人権無視であるとして世界中から非難されています。
日本の同盟国がそういうことをしているのに、「日本国防軍」兵士が捕虜になったときに捕虜として扱われることを期待するとはまさに「お花畑」です。
 
ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約によって捕虜がある程度まともに扱われたのは、ヨーロッパ間の戦争のごく一部と日露戦争ぐらいです。それが普通だと思ってはいけません。
 
そもそもお互いに宣戦布告をし合ってする戦争というのは、第二次大戦後はありません。朝鮮戦争、ベトナム戦争、数次にわたる中東戦争、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラン戦争すべて宣戦布告なしの戦争です。
なぜ宣戦布告がないのかというと、もちろん朝鮮戦争、ベトナム戦争は内戦として始まったというような個々の事情もありますが、おそらく根本的には国連憲章によって戦争が否定されているからでしょう。
 
国連憲章 
1
国際連合の目的は、次のとおりである。
 1.国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
 
第2条
3.すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。
4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
 
これはひどい悪文です。日本国憲法を改正する前に国連憲章を改正したい。
とにかく、国際紛争を平和的手段によって解決しなければならないのですから、自衛戦争は別として、戦争は国連憲章違反ということになります。ですから、国連決議に基づかない戦争はすべてモグリの戦争ということになり、宣戦布告ができないのは当然です。
そして、アメリカだけがたとえばイラク戦争のように堂々とモグリの戦争をやっているということになります。
 
戦争がそういう位置づけになるわけですから、相手国に対してこちらの捕虜を国際法にのっとって扱えと要求するのはおかしな理屈になります。
となると、相手国の人道精神に期待するしかありません。つまり、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という日本国憲法の精神によるしかないのです。
 
少なくとも、相手国にこちらの捕虜を人道的に扱えと要求する以上、こちらも相手国の捕虜に対して同じことをしなければなりません。
そうすると、もし中国と戦争になったときは、日本はひじょうに具合の悪いことになります。というのは、日中戦争のとき、日本軍は中国兵捕虜をまったく人道的に扱っていなかったからです。
 
当時の日本はジュネーブ条約の「捕虜の待遇に関する条約」については加入していませんでした。ハーグ陸戦条約には加入していましたが、満州事変、支那事変というように「事変」であって「戦争」ではないという立場でしたから、ハーグ陸戦条約は適用しませんでした。
日中戦争で日本軍は連戦連勝でしたから、大量の捕虜が発生したはずです。しかし、大規模な捕虜収容所が長期に存在したということはありません(小規模なものはありました)。武装解除して釈放するというのは、また武器を持って戦線復帰する可能性があるので、軍隊の論理としてはありえないことです。ですから、捕虜が発生すると、そのつどほとんどを殺していたというのが実情です。捕虜に自分を埋める穴を掘らせて殺したという話がよくありますし、度胸をつけるために新兵に銃剣で殺させたという話もよくあります。
 
安倍総裁は、日中間で軍事衝突が起きて「日本国防軍」の兵士が中国軍の捕虜になったときに人道的扱いを期待するなら、その前に日中戦争での捕虜の扱いを調査し、謝罪するべきは謝罪しなければなりません。
 
日本が「集団的自衛権の行使」をするときというのは、アメリカとイスラム国の戦いに日本が参加するという可能性がいちばん高いでしょう。アメリカ兵はアフガニスタンでタリバン兵の死体に小便をかけ(映像が流出して問題になった)、コーランを焼いています。イラクのアブグレイブ刑務所では捕虜を拷問していました。「日本国防軍」兵士が捕虜になったとき、「軍であればきちんと待遇される」などというのはまったくの寝言です。