自民党の安倍晋三総裁が第96代首相に選出され、第2次安倍政権が発足しました。既視感という言葉そのままに、6年前の第1次安倍政権発足時のフィルムを巻き戻して見ているようです。「歴史は2度繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」という言葉が思い出されます。
 
第1次安倍政権のとき、改憲志向が強く打ち出されていましたが、安倍氏の政権放棄とともに改憲そのものが政治日程から消えてしまいました。それが6年たって、また改憲が政治日程に上がっています。
これはなにも改憲の理念が否定されたり評価されたりしているわけではありません。国会での所信表明直後に政権を投げ出すという安倍氏の退陣があまりにも不様であったために、改憲のイメージも安倍氏とともに低下してしまい、最近また安倍氏のイメージとともに復活してきたということです。政治の世界が政策本位で動いているのではなく、人間本位で動いているということがこのことを見てもわかります。
 
ですから、今度こそ憲法9条改正が現実のものになるのではないかと怖れる人がいますが、私はあまりそういう気持ちはありません。また同じことになるのではないかと思っているからです。
 
9月の自民党総裁選で総裁に選ばれたとき安倍氏があまりにも得意満面の顔をしていたので、私は不愉快に思って、このブログで「安倍氏の反省欠如体質」という記事を書きました。ところが、安倍氏は総選挙で自民党が大勝利したとき、まったく対照的にひどく暗い顔をしていたので、私はお腹の調子が悪くなっているのではないかと推測して、「安倍氏の浮かない顔はやっぱり……」という記事を書きました。
実際のところ、そのとき安倍氏のお腹の調子がどうだったかはわかりませんが、少なくとも安倍氏は自分の気分の変動に振り回される人だということはわかります。
そして、それこそが潰瘍性大腸炎の大きな原因だといえるでしょう。
 
その安倍氏は、首班指名の前に座禅を組んでいたということで、こんなニュースがありました。
 
【スクープ最前線】安倍氏、石破氏と決意の座禅 自民は竹島、尖閣で戦略的動き
26日召集の特別国会を経て、いよいよ自民党の安倍晋三総裁(58)が第96代内閣総理大臣に就任する。2007年9月、持病の「潰瘍性大腸炎」の発症で政権を降りる苦汁をなめて以来、約5年ぶりの再登板で、自らが命名した「危機突破内閣」たる自公連立政権がスタートする。
 
 自公両党合わせて325議席。衆院の3分の2以上という絶対的多数を確保したことで、法案を参院で否決されても衆院で再可決して成立できる。閣僚人事も「副総理兼財務相・金融相」に盟友の麻生太郎元首相(72)、内閣の要である「官房長官」に最側近の菅義偉幹事長代行(64)などと挙党体制を構え、安倍氏自身、政権スタート前から石破茂幹事長(55)とともに動き回ってヤル気満々だ。
 
 だが、そのヤル気が周囲を不安にさせている。どういうことか。まず、以下の安倍氏に近い自民党幹部の話からお聞きいただきたい。
 
 「この5年間、安倍氏はリベンジだけを誓って生きてきた。今回の再登板に懸ける思いは怖いほどだ。それだけに無理を重ねて体調を崩した二の舞にならないかと、心配だ。特に、あの座禅には驚いた」
 
 実は21日夕方、安倍氏は石破氏とともに、東京・谷中にある寺院「全生庵」で約1時間、座禅を組んでいる。
 
 「全生庵」の建立者は、天下の剣豪である山岡鉄舟。江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府(現在の静岡市)に単身で乗り込み、西郷と直談判した幕臣である。
 
 西郷をして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」とうならしめた傑人であり、鉄舟は維新に殉じた人々の菩提(ぼだい)をここ「全生庵」で弔った。自民党幹部は続ける。
 
 「本当の目的は、不仲が取り沙汰された石破氏との関係修復だった。しかし、場所が場所だけに、安倍氏がここで座禅を組んだのは、『自分はこの国難に打ち勝つ。この内閣で死んでも構わない』という、決意表明だと思えてならない」
(後略)
 
ストレスに弱い心を鍛えるために座禅を組むというのは無意味ではありません。座禅に限らず瞑想とかヨガなども、やればそれなりの効果があると思います。
 
しかし、1日だけやっても意味はありません。日常的にやって、少しずつ効果が出てくるという性質のものだからです。
1日だけ座禅をするというのは、パフォーマンスとしてはよくありますが、安倍氏はマスコミに公開はしていないので、パフォーマンスとしてやったわけではないでしょう。自分自身のためにやったのだと思います(あと、石破幹事長との関係のためということもあるでしょう)
しかし、歴史的ないわれのある場所で座禅を組むということは、自分の心を見つめるというよりも、自分を歴史上の人物になぞらえて自己満足にひたっているように思えます。
 
こういうことをしていては、いつまでたっても心を鍛えることはできません。
安倍氏は前回の失敗をあくまで潰瘍性大腸炎という病気のせいにしていて、今回の復活劇もアサコールという新薬のおかげとしています。
前回の失敗を自分の心の弱さのせいととらえていれば、失敗を経験して成長するということが期待できますが、安倍氏の考え方ではぜんぜん成長していないのではないかと思われます。
ということは、同じ失敗を繰り返す可能性が大です。
 
首相就任直後の記者会見を見ていても、表情が暗く、言葉に力がなく、ろれつが回らないようなところがありました。
 
 
ところで、日本維新の会の橋下徹氏は、石原慎太郎氏と組んだために方向性を見失い、総選挙で維新の会はそれほど議席を獲得することはできませんでした。多くの人は石原氏と組んだのがよくなかったのではないかと考えていますし、実際そうでしょう。
 
では、なぜ橋下氏は石原氏と組んだのでしょうか。
それは橋下氏の心の弱さからではないかと私は考えています。
 
大阪という地方政治の場で成功しても、国政で同じようにできるとは限りません。敵は自民党、民主党、さらには霞ヶ関全体ですから、あまりにも強大です。
それは橋下氏自身もよくわかっていて、強大な敵を前にしたとき、誰かに頼りたくなり、自分とは考え方が大きく違う石原氏に頼って失敗してしまったのです。
 
しかし、橋下氏は安倍氏と違って、経験から学んでどんどんたくましさを身につけてきた政治家です。今回は、地方政治から国政へとジャンプの幅が大きかったために石原氏に頼ってしまいましたが、次回は違う姿を見せるかもしれません。
 
マスコミや知識人は、政治の世界をどうしても政策や理念でとらえようとします。これは理性こそが人間の価値であるとするデカルト的な人間観がいまだに生きているからでしょう。
しかし、潰瘍性大腸炎というのは、理性よりも感情、上半身よりも下半身の問題です。
日本語には「胆力」とか「腹がすわっている」という言葉があり、昔から下半身の重要性が認識されています。安倍氏に足りないのは「胆力」です。そういうことがマスコミや智識人にはなにもわかっていません。
 
憲法9条改正が実現できるか否かは、ひとえに安倍氏の下半身にかかっています。