明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。そして、みなさまにとって本年がよい年でありますようにお祈り申し上げます。
 
年の変わりを機会に、知っている人には繰り返しになりますが、このブログの主旨について改めて説明しておきます。
 
ブログ主の村田基は、あまり有名でない小説家ですが、「善と悪とはなにか」ということを考えているうちに、道徳についての新しい考え方がひらめきました。この考え方は、道徳観のコペルニクス的転回であると同時に、進化論に合致したものでもあるので、とりあえず「科学的倫理学」と名づけています。
「科学的倫理学」とはこのようなものです。
 
・人間はほかの動物と同じく基本的に利己的な存在で、つねに互いに生存闘争をしている。
・人間はほかの動物と違って言葉も武器として生存闘争をしている。
・他人の行動について、自分の利益になるものを賞賛し、自分の不利益になるものを非難する。そうした言葉づかいの体系が道徳である。
・道徳の中心概念は「善・悪・正義」である。他人の行動について、自分の利益になるものが「善」、自分の不利益になるものが「悪」、「悪」をなす人間を攻撃・排除・処罰することが「正義」である。
・弱者の道徳は強者の道徳に駆逐され、最終的に集団は強者の道徳に支配される。
・道徳によって集団に秩序がもたらされる面がある。
・道徳によって生存闘争が必要以上に激化する面がある。
・道徳を正しく把握することによって、必要以上の生存闘争を回避することができる。
 
従来の倫理学や一般の常識では、道徳すなわち「善・悪・正義」は人間の生き方を示す指針と考えられていますが、こういう考え方では決して「善・悪・正義」を正しくとらえることができません。そのため倫理学はまったくデタラメな学問となっています。
 
西洋倫理学においてもっとも古典とされる著作は、アリストテレスの「ニコマコス倫理学」ではないかと思われます。これは全10巻、岩波文庫で2分冊の分量があるのですが、その内容はというと、おそらく知っている人はいないでしょう。つまり知るに値するようなことはなにもないのです。
近代倫理学においてもっとも高く評価されるのはカントの著作ではないかと思われます。「定言命法と仮言命法」とか「恒久平和」といったことは比較的知られていますが、カントの倫理学にどれほどの価値があるのかを説明できる人はいないでしょう。カントの著作はきわめて難解で、カントの解説書ですら難解です。
最近、「ハーバート白熱教室」のマイケル・サンデル教授が人気となっています。しかし、サンデル教授の講義は白熱するだけで、結論がありません。無意味な白熱はすぐに飽きられるでしょう。
 
従来型の倫理学はあまりにも無価値な学問であるために、今ではほとんど顧みられることがありません。
 
従来型の倫理学に対して、道徳を否定的にとらえるものを新型の倫理学とでも名づけることができるでしょうか。これにはルソーの思想、マルクス主義、フェミニズムがあります。つまり支配階級と被支配階級、男性と女性という関係で、強者が弱者を支配する道具として道徳があるという考え方です(道徳を弱者のルサンチマンととらえるニーチェの思想もこの系譜かもしれません)
しかし、これらの考え方も中途半端であるために力を持ちませんでした。
 
そして私は、支配階級と被支配階級、男性と女性だけでなく、親と子、おとなと子どもの関係も支配・被支配の関係になっていると考えました。というか、むしろ親と子、おとなと子どもの関係こそが支配・被支配の始まりであると考えたのです。
親が自分に従順な子どもを「よい子」とし、自分に反抗的な子どもを「悪い子」とし、「悪い子」をこらしめる親の行動を「正義」としたのが道徳の始まりというわけです。
私の考えのオリジナルなところはこれだけですが、ここまで踏み込むことによって「善・悪・正義」が定義され、倫理学の土台が築かれることになりました。
 
ところで、ダーウィンも道徳の起源について考察しています。ダーウィンの考えは、社会性動物には親が子を世話したり、仲間を助けたりする利他的性質があり、人間は利他的性質をもとに道徳をつくりだしたというものです。
私の考えは、社会性動物に利他的性質があるのは事実だが、利己的性質のほうがより強く、人間は利己的性質をもとに道徳をつくりだしたというものです。
 
今のところ、「科学的倫理学」といえるものは、ダーウィン説と私の説のふたつがあることになります。
 
人間がほかの動物と同じように互いに(爪や牙だけでなく言葉まで使って)生存闘争をしているというのは、ダーウィンに限らず信じたくないことかもしれません。しかし、これこそが「汝自身を知れ」ということなのです。
 
私はこの「科学的倫理学」についての本を執筆中ですが、世の中の常識と正反対であり、かつ問題が広範囲に渡るために、なかなか書き進めることができません。そこで、とりあえずこのブログを書くことで「科学的倫理学」を理解してもらうとともに、自分自身の考えを深めていこうとしているわけです。
 
私の考えはごく単純なものなので、わざわざ本を書かずとも、ここで書いたことだけで十分ともいえます。ここで書いたことをもとに自分で考えを発展させていく人がどんどん出てくることを期待しています。
 
 
なお、正月休みということで1週間ほどブログの更新を休みます。