政府の教育再生実行会議は「道徳の教科化」などを盛り込んだ提言を安倍首相に対して行いました。また、下村博文文部科学大臣は小中学生対象の副教材「こころのノート」を全面改訂した上で来年4月から活用する方針を明らかにしました。道徳教育の強化が安倍内閣の方針です。
 
しかし、道徳教育が効果を上げると信じている人がどれだけいるでしょうか。ほとんどの人はまったく信じていないか、半信半疑というところでしょう。
実際のところ、道徳教育に熱心なのは、ごく単純な思考力を持った人たちです。
 
たとえば、森田健作千葉県知事がそうです。森田知事は千葉県道徳教育推進委員会を発足させ、その提言を受けて13年度をめどに県立高校に道徳の時間を導入するということです。森田知事は若いころに主演した青春ドラマ「おれは男だ!」の直情径行な主人公そのままに今まで突っ走ってきたようです。
それから、森喜朗元首相もそうです。森元首相はもともと文教族の議員で、森内閣時代には教育改革国民会議を発足させ、そこで「奉仕活動の義務化」などが提言されていますし、森元首相自身、「教育勅語にはいいところもあった」などと発言しています。
安倍首相が道徳教育に熱心になったのは森元首相の影響もあったことと思われます。
 
橋下徹大阪市長も道徳教育の強化には賛成の立場です。これは別に橋下市長の信念というわけではなく、安倍首相へのアピールと、今はこの立場のほうが受けるだろうという計算からでしょう。
 
道徳教育強化については、一般の人は冷ややかな目で見ていると思われますが、右寄りの人たちだけは熱心です。
ということは、左寄りの人たちは道徳教育に反対ということになります。しかし、実は右寄りの人たちも左寄りの人たちも、そんなに考え方が違うわけではありません。
というのは、左寄りの人たちは、平和教育や人権教育には熱心だからです。
 
敗戦直後、軍国主義の教科書に墨が塗られ、変わって平和主義の教育が始まりました。
軍国主義の教育も平和主義の教育も、子どもたちをおとなの思想に染めてしまおうという点では同じです。
 
共産主義国ではもちろん、子どもを共産主義思想に染めることにきわめて熱心でした。ナチスドイツでも軍国主義日本でも、子どもをナチズムや軍国主義思想に染めることに熱心であったことは同じです。
 
そして、今も同じことが行われています。「道徳教育」や「平和教育」や「人権教育」などと名前が変わっただけです。
 
ユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という有名なくだりがあります。しかし、「平和のとりで」という矛盾した言葉を見てもわかるように、平和教育というのはユネスコでも日本国でもうまくいきません。
 
思想や価値観の教育というのはどんなものであれ、おとなの愚かさを子どもに植え付けるだけです。
 
では、どうすればいいのでしょうか。
これは体罰を例にとるとわかりやすいでしょう。
 
森田健作千葉県知事は、体罰についてこのように語っています。孫引きですが、あるブログから引用します。
 
次世代教育、まずは道徳から」
高校時代にいい先生がいたなあ。僕が通ったのは東京の私立の男子校でね。1年だったか2年だったか、クラスの仲間が悪さをして、全員で担任から説教を受けた。その最中に、身長が185㌢もある運動部の大きな男が「先公ってのはいい商売だ。言いてえこと言えるんだもんな」と言った。担任は「なにい―?」と叫んで、そいつのところへ飛んできた。身長が20㌢ぐらい低かったけれど、跳び上がってビンタを食らわした。
 
説教の後で「何で抵抗しなかった?」と聞いたら、そいつは「動けなかったんだ」と。その時に思ったよ。教師が心底から教え子のことを思ってぶん殴ったのか、その時の気分で殴ったのか、生徒には分かるもんだって。仲間はあの場で、自分を思ってくれる担任の愛情に打たれて動けなかったんだな。
 
体罰の善しあしはあるが、教育と言うのは「技術」じゃない。全身全霊で生徒にぶつかっていくことですよ。文部政務次官を2度務めましたが、あの時の経験から今もそう思っている。僕が先生でも、恐らくひっぱたくだろうな。その時には尻をたたきます。顔はその人の「看板」だからね。
 
道徳教育に熱心な人というのはだいたいこういう考えの持ち主なのでしょう。こんな人に道徳教育をされたのでは子どもはかえって悪くなってしまいます。
そして、おとなにはこういう考えの人が多いことは事実です。体罰に賛成か反対かというアンケートをすると、かなりの割合で賛成論者がいます。
桜宮高校での体罰事件を見てもわかりますが、高校生でもすでに体罰肯定論になっている人がいます。
 
では、体罰について正しい考えの持ち主はどこにいるのでしょうか。
それはもっと小さい子どもです。
たとえば小学生を対象に、「体罰を受けたり見たりしたことはありますか」というアンケートが行われることはあります。
しかし、小学生を対象に、おとなと同じように「あなたは体罰に賛成ですか反対ですか」というアンケートが行われたことはないはずです。
このアンケートを行い、おとなのアンケート結果と比較すれば、体罰について正しい考えを持っているのは誰かということが一目瞭然になるはずです。
 
そう、体罰については、おとなよりも子どものほうが正しい考えを持っているに違いないのです。
 
ですから、体罰についての道徳教育をするなら、子どもがおとなにするのが正しいやり方です。
体罰に限らずどんなことでも、人間としてのあるべき行いについては子どもの判断が正しいものです。ですから、戦争するか否かについても、子どもに判断を仰げばいいのです。おとなが子どもに平和教育をするのは筋違いです。
 
子どもがおとなに道徳教育をするというのは、そう簡単にはできないかもしれませんが、とりあえずおとなが子どもに道徳教育をするという愚かなことだけはやめるべきです。