シリーズ「横やり人生相談」です。今回は赤ん坊と夫との関係についての妻からの相談です。
たいていの物事は、過去にさかのぼらないとよく理解できません。たとえばひとつの夫婦喧嘩にしても、ずっと過去からのいきさつがあるわけです。イスラム過激派のテロにしても、その原因をさかのぼっていくと少なくともイスラエル建国にまでたどりつくはずです。尖閣諸島や竹島の帰属問題も、歴史的な事実をすべて踏まえていないと判断できません。
しかし、赤ん坊であれば、その過去を問う必要はありませんから、簡単に判断できるはずです。
 
 
子供がなつかないと拗ねる夫   憂鬱母さん 2013317 2:35
 0歳8ヶ月の子供がなつかないと夫が拗ねています。
「俺は一生懸命働いているし、子供に出来るだけの事はしているのに子供がなつかない。」と言います。
一生懸命働いてくれています。しかし、定時の日もたくさんありますし休みもあります。
仕事から帰宅し即テレビを付け趣味の小一時間トレーニング。終わればビール片手にテレビとインターネット。合間に子供を抱っこします。テレビをつけず絵本を読んでやる、オモチャで遊んでやる。15分でも散歩に連れていくなどすれば良いのにと私は思うのですが。しかし夫は「俺は仕事で疲れているからそんな体力ない。」と言います。夫の接し方がまず子供にはもの足りないのだと思うのですが。もちろん母親が絶対一番な時期でもあるので夫がさみしく思う気持ちもわかります。しかし夫の≪ながら関わり≫にも原因があると思いませんか?
子供と父親の関わり。皆さんのご家庭ではいかがですか?
 
 
この相談は掲示板「発言小町」に載ったもので、これに対するレスは、夫の態度を批判するものがほとんどです。ごく少数、妻に対して、夫と子どもといっしょに遊ぶようにすればという助言があります。子どもが悪いという意見はひとつもありません。
 
子どもが悪くないのは当たり前のことです。となると、夫が悪いということになります。子どもになついてほしければ、夫が態度を改めるしかありません。
しかし、この夫は自分が悪いという認識を持つことができません。「俺は一生懸命働いている」などという子どもには関係のないことまで持ち出して、自己正当化をはかろうとしています。かといって子どもが悪いと決めつけることもできず、その結果「拗ねる」という子どもっぽい態度に出ているわけです。
 
そして、妻のほうも夫がよくないに違いないという認識はあるものの、断定するまでにはいたっていません。そのためこの相談を書き込んだわけです。
 
こうした相談が書き込まれるということは、「子どもは悪くない」という認識が世の中で完全に共有されるまでにはいたっていないということでしょう。
 
その理由としては、ひとつには子ども自身が発言できないということがあります。そのため、世の中はおとなの(自分勝手な)言い分ばかりがあふれることになります。
 
その結果、どういうことが起こるかというと、子どもがなつかないということを理由に子どもを虐待する親が出てきます。
これは義理の父親のケースが多いようです。つまり妻の連れ子が自分になつかないということで、それは自分が悪いわけではなく、子どもが悪いと考えて虐待してしまうのです。
もちろん実の父親や母親が虐待するケースもあります。母親の場合、「子どもがかわいくない」ということが虐待の理由になります。
「子どもがかわいくない」のは、自分の認識の問題ではなく、子どもの問題だと考えてしまうのでしょう(客観的に見ると、かわいい赤ちゃんとブサイクな赤ちゃんがいますが、まともな母親なら自分の赤ちゃんは必ずかわいく見えるはずです)
 
ともかく、「子どもがなつかなかったから」ということを理由にした虐待事件がしばしば起こるのは、「子どもは悪くない」という認識が社会に共有されていないからでしょう。
今回の相談のように、実の父親と8カ月の子どもの関係であれば、悪いのは子どもではなく父親であることがはっきりします。
 
子どもが2歳、3歳になって、言葉がわかるようになると、親は「子どもが悪い」という認識を正当化しやすくなります。子どもが親の言いつけを聞かない、食べ物をこぼした、夜泣きする、片付けをしない、だらしない、わがままだなどということが虐待の理由になります。
しかし、子どもが言葉を理解するようになったからといって、親と子どもの関係になにか本質的な変化が生じるということはありません。ただ、親が子どもを虐待する理由を言葉で表現しやすくなるだけです。
 
世の中のさまざまな出来事は、すべて過去につながっているので複雑ですが、赤ん坊に限っては、過去がないので単純です。
「赤ん坊は悪くない」ということが社会の共通認識になれば、それだけで幼児虐待はかなり少なくなるはずです。
 
また、赤ん坊を基準にものごとを考えると、世の中を悪くしているのは誰かということもわかってきます。