「一票の格差」問題で違憲判決や選挙無効判決が相次いで、格差是正が政治課題となっていますが、これについて朝日新聞の投書欄におもしろい意見が載っていました。
選挙区によって有権者の一票の重みが違うなら、それに合わせて国会議員の一票の重さも変えたらいいというのです。たとえば先の総選挙において、千葉県第4区は高知県第3区より有権者数が2.42倍多かったのですが、そうすると千葉4区選出の国会議員は高知3区選出の国会議員よりも、衆院本会議や委員会での一票の価値を2.42倍にするというわけです。こうすれば有権者の一票の価値は国会内において同一となります。
 
このやり方のすぐれている点は、選挙区の区割り変更や定数の増減という面倒なことをいっさいせずに、数字の操作だけで有権者の一票の価値を同じにできることです。
その代わり、国会内に一票の重い議員と軽い議員がいることになって、議員に序列ができますし、ある法案が通るかどうか票読みをするとき複雑な計算を強いられることになりますが。
 
これをいざ実現しようとすると、いろんな反対理由が挙げられて困難でしょうが、発想の転換で問題を解決するところがおもしろいと思いました。
 
そうしたら同じ朝日新聞に、同じ発想で世代間格差を解決しようという提案が載っていました。これもなかなか興味深い提案ではないかと思います。
 
余命別選挙のススメ? 高齢化社会の平等に一石 
【塩倉裕】余命の長さに応じて一票の重み付けを変えるべきではないか。そんな改革案が月刊誌で提起された。名付けて「余命別選挙制度」。少子高齢化による社会構造の変化を踏まえ、「平等とは何か」を問う提案だ。
 
 実験経済学を専門とする竹内幹(かん)・一橋大学准教授(38)が、寄稿「高齢者と将来世代、どちらを重視するか?」(中央公論4月号)の中で発表した。
 
 「一人一票」という通常の発想からひとまず離れ、余命が長い人たち(若年層)には余命の短い人たち(高齢層)よりも重い票を持たせる、という案だ。
 
 「年間二兆円の『子ども手当』がバラマキ政治だと批判されても、年間五〇兆円の年金がバラマキだといわれることは少ない」と竹内さんは書いた。そして、その原因は日本政治が「シルバー民主主義」になっているせいだ、と。
 
 少子高齢化で国政選挙では、人数の多い高齢層の発言力が強まり、政治家もその層の意向を重視する傾向が進んだ。逆に若年層はますます少数派になり、その声が政治に反映される可能性は低くなっている。
 
 現状は「世代間の搾取」であり、本来ならば「将来を生きる若者の声や、将来世代を実際に育てている育児中の親の声がより強く反映されるべき」ではないのか。それが提案の動機だ。
 
 記事には制度の詳細は書かれていない。具体的にはどういう仕組みなのか。
 
 「地域ごとに分けている今の『選挙区』に代わって、まず年齢層ごとの選挙区を設ける。たとえば『20代選挙区』『60代選挙区』といった具合です」と竹内さんは語った。
 
 「そのうえで、余命の長い世代の選挙区、つまり若年の選挙区には、議員数を手厚く配分する。そうすれば、若年世代の意見をより強く政治に反映できる」
 
 余命が長い人は余命の短い人より重い「一票」を持てる。それは、平等の原則に反しないのだろうか。
 
 「確かに短期的には一人一票ではないが、生涯にわたって見れば一人一票の原則は保たれます。前期は重く、後期は軽くなるから。若いときの一票の方が重いので、早く亡くなっても投票権で損することはない」
 
 記事の後段に竹内さんはこう書いていた。「極端な提案であることは承知しているが、現状のシルバー民主主義も同じくらいに極端な高齢者優遇であることを忘れないでいただきたい」
 
世代間格差を解決するのに、この提案はまさにグッドアイデアです。
それに、若い世代のほうが年寄り世代よりも世の中のことを真剣に考えるので、若い世代が重い票を持つのは合理的でもあります。
 
世代間格差は大きな問題ですが、今のマスコミは中高年の世代が支配していますから(いつの時代もそうですが)、その問題の大きさがあまり認識されていません。それに、若い世代はその格差を解消する手段を持たないために無力感に陥っているように思われます。一部の若者が生活保護叩き、在日叩き、反韓デモをやったりするのは、自分たちの問題を解決できないという無力感からではないでしょうか。
 
もっとも、選挙制度を決めるのはやはり年寄り世代が中心なので、この提案も実現することはなさそうですが。
 
私は選挙権の年齢制限を廃止しろと主張していますが、こちらのほうが実現の可能性はあるのではないかと思います。というのは、一票の重みを変えろという主張よりは、「選挙権の年齢制限は人権侵害だ」という主張のほうが説得力があると思うからです。
 
たとえば、成年後見制度を利用した人は選挙権がなくなるという公職選挙法の規定は違憲だとする判決が、3月14日、東京地裁で言い渡されました(その後、安倍内閣が控訴)
選挙権の重みというのは多くの人が認識していることと思います。
だからこそ、どんな高齢者であっても選挙権はありますし、知能障害者にも精神障害者にも選挙権はあります。
ただ唯一、未成年者には選挙権がないのです。
未成年者に選挙権がないとする合理的な根拠はありません。政治のことがわからない幼児は投票に行きませんから、選挙権を奪う必要はありません。何歳から政治に関心を持つようになるかというのは個人差がありますから、選挙権は何歳からと決める必要もありません。ゼロ歳から選挙権を持つことにしてなんの問題もありません(子どもの投票行動が保護者に支配されてしまうという問題はありえますが、それは知能障害者にも介護されている老人にもありうることです)
昔は黒人に選挙権がなかったり、女性に選挙権がなかったりしましたが、今選挙権がないのは未成年だけです。これが差別でなくてなんでしょうか。
 
選挙権の年齢制限がなくなれば、世代間格差の問題も教育問題も一気に解決するはずです。
 
ただ、選挙権の年齢制限は憲法に根拠があります。
 
日本国憲法第15条3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
 
もっとも、これはあくまで「成年者による普通選挙を保障する」であって、「未成年者の選挙を制限する」ではないので、未成年者に選挙権を与えても憲法違反にはなりません。
もちろん選挙権はすべての人に保障されるのが本来の姿ですから、改憲論議をするときには、なぜ未成年者には選挙権が保障されていないのか、これは差別ではないのかということを議論してもらいたいものです。