なにか凶悪な犯罪が起きると、マスコミは容疑者の人物像を明らかにしようと、容疑者の家の近所の人に取材しますが、たいていはこんな言葉が返ってきます。
「ちゃんと挨拶をするし、いい人ですよ」
 
ちゃんと挨拶する人はいい人――こんな常識が世の中にはあるようです。
しかし、もういい加減その常識の間違いに気づいてもいいはずです。
 
私は前回の「挨拶とはなにか」という記事で、挨拶をいちばんたいせつにしている集団はヤクザと軍隊だと書きました。今回はその続きです。
 
私が会社勤めをしているときに聞いた話ですが、ある支社の入っているビルの管理人さんがひじょうに丁寧な挨拶をする人で、支社のみんなは感じのいい人だと思っていたのですが、あるときその管理人さんが暴力団関係者であるとわかり、みんなぞっとしたということです。
暴力団というと、荒っぽい態度で、礼儀などわきまえない人のようなイメージがありますが、その話を聞いて、私は考え直しました。そういえば、股旅ものの映画では渡世人にとって挨拶の口上はきわめてたいせつなこととされますし、「仁義なき戦い」シリーズを見ていると、親分が車で組本部だか邸宅だかに出入りするときなど、子分がずらりと門の前に並んで送迎します。ここまでていねいな挨拶をする組織はほかにないでしょう――と言いかけて、思い出しました。たまたまある警察署の前を通りかかったとき、警官が入口の前にずらりと並んで誰かの出迎えをしていました。キャリア官僚が赴任してくるかなんかだったのでしょう。ヤクザと警察は似ているかもしれません。
 
挨拶をいちばんたいせつにする集団は、ヤクザと軍隊(と警察?)だと言いましたが、その次にくるのは芸能界、そして武道と格闘技の世界でしょう。
 
芸能界もきわめて挨拶をたいせつにする世界です。ヤクザと近いと言ってしまえばそれまでですが、浮き沈みの多いアナーキーな世界ですから、それに秩序を与えるのは結局のところ暴力です。そして、暴力を制御するために厳格な挨拶や礼儀が必要とされるのです。
 
最近、ビートたけし(北野武)さんの評価がやけに高くなって、“ビートたけしいい人伝説”みたいなものがよく聞かれます。たとえば、若手芸人が飲んでいた店にたまたまビートたけしさんがきたとき、いつのまにか若手芸人の分の会計まですまして帰っていったみたいなことです。
しかし、ビートたけしさんはフライデー襲撃という暴力事件を起こしていますし、彼の監督した映画を見ると、激しい暴力衝動のある人だということがわかります。暴力衝動とバランスをとるために挨拶や礼儀が必要なのでしょう。
 
渡哲也さんもきわめて礼儀正しい人であるという話をよく聞きます。ちょっと検索したところ、「龍が如くの声優陣顔合わせの時、釘宮が座っている渡哲也に挨拶したところ、わざわざ立ち上がって『渡哲也です、声優業に不馴れなので何分至らない点もありますが宜しくご指導お願いします』とお辞儀され、感激の余り泣いた」という話がありました。渡哲也さんもビートたけしさんもどちらも石原軍団、たけし軍団という「軍団」と名のつく集団を率いています。体育会系の集団を率いていくのは、半端なことでは務まらないでしょう。
 
和田アキ子さんは芸能界に入って挨拶を教えられたおかげでまっとうな人間になれたとして、芸能界の後輩に常日ごろから挨拶のたいせつさを説いていますが、酔っ払うとよく人を殴るという話があります。
 
武道や格闘技の世界でも挨拶や礼儀がきわめてたいせつにされています。これは試合や練習のときに闘争心をかきたてるため、それを日常に持ち込まないように必要とされるのでしょう。
しかし、武道や格闘技の人たちは、武道や格闘技をやれば礼儀が身についてよい人間になれると信じています。いや、一般の人たちの多くも信じているかもしれません。
しかし、最近の柔道界やちょっと前の相撲界のことを考えてみればわかりますが、武道や格闘技をやる人がいい人間であるということはありません。
 
私は園児に剣道を教えている幼稚園を知っています。剣道を通して礼儀が身につくということを売りにしているのですが、まったく無意味なことだと思います。小さな子どもは礼儀以前に学ぶべきことがいっぱいあります。
 
挨拶や礼儀は所詮はうわべです。誰でも型を身につければできます。
むしろ悪い人ほどうわべをよくしようとする傾向があります(うわべがよいから中身が悪いということではありません。両方よい場合ももちろんあります)
 
たとえば芸能人の場合、人の前では愛想よくふるまっていて、楽屋に戻ったとたん鬼のような顔をしてマネージャーや付き人に当たるという人がいますが、挨拶や礼儀はこうした人にとっては便利な道具です。
 
人間はよくも悪くも、ありのままを見せて生きていくのが基本です。
そのような生き方をしてこそ、悪いところを直していけるのです。
うわべを飾っていると、悪い中身を直す動機がなくなってしまいます。
 
沢尻エリカさんは、映画の舞台挨拶のインタビューに対して不機嫌な態度で「別に」という言葉を連発し、世の中から大バッシングを受けました。
不機嫌になったのはなにかの理由があったのでしょう。それを隠さずにありのままに見せたのは、沢尻エリカさんが自分を飾ることをしない人だからでしょう。それはむしろ沢尻エリカさんの魅力です。
 
人間は機嫌のいいときもあれば悪いときもありますが、ありのままの姿で生きていければ幸せです。
挨拶や礼儀を重視するのは間違った方向です。
ちゃんと挨拶する人はいい人――などという認識は論外です。