これから憲法改正問題が政治の焦点になるようですが、私は現状では憲法改正は不可能だと思います。
 
私は自民党の「日本国憲法改正草案」と産経新聞の「国民の憲法」要綱に一通り目を通しましたが、こんなものが国民の賛成を得るとは思えません。今のところ国民は改憲案の内容までは詳しく知らないでしょうが、今後マスコミの報道がふえると、反対の人がふえていくと思います。
 
道徳の基本的な性質として、批判や攻撃をするほうが有利で、賞賛や防御をするほうが不利になります。改憲派は今まで日本国憲法を批判していればよかったのですが、これからは自分たちの改憲案が批判されることになり、防御しなければならないので、今までより不利になります。
 
それに、憲法前文まで改めるということは根本的な理念の変更ということになりますが、今はそういうことにコンセンサスが得られる状況ではありません。
 
たとえば改憲派は「日本国民は(中略)、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というくだりがとりわけ嫌いなようです。
確かに世界には平和を愛する国ばかりではなく、戦争を好んでいるのではないかという国もあります。たとえば北朝鮮がそうですし、アメリカもそうです。
しかし、北朝鮮にしてもアメリカにしても、政府レベルと国民レベルは違います。国民の多数は、おそらくは平和を愛しているのではないでしょうか。とすると、「平和を愛する諸国民」という表現は間違っていないことになります。
また、「諸国民の公正と信義に信頼して」というのが間違いだとするなら(助詞の「に」は「を」であるべきだと思いますが)、自国民の公正と信義は信頼できるのかという問題が生じます。
「自国民は信頼できるが他国民は信頼できない」というのが右翼脳の発想かもしれませんが、そんな自国中心主義の発想で書かれた憲法は世界に発信できません。外国人に読まれると国の恥になります。
 
ですから、自民党案も産経案も、今の国際社会はこのようになっているという認識が書かれていません。共通認識がないので、書きようがないということでしょう。しかし、国際社会の認識なしに「国のかたち」を論じることはできないはずです。
 
ところで、日本維新の会はまだ改憲案を発表していませんが、「綱領」には一応国際社会についての認識が書かれています。
 
日本維新の会綱領
平成25年3月30日
 
 日本は今、国際的な大競争時代の中で、多くの分野で停滞あるいは弱体化し、国民は多くの不安を抱えている。この大競争時代の中で、国民の安全、生活の豊かさ、伝統的価値や文化などの国益を守り、かつ世界に伍していくためには、より効率的で自律分散した統治機構を確立することが急務である。なぜなら、20世紀には長所とされた中央集権、官僚主導、護送船団型の国家運営が、脱工業化と情報化が急速に進む今や成長の大きな妨げとなっているからである。
 
 日本維新の会は、都市と地域、そして個人が自立できる社会システムを確立し、現下の窮状から脱却することにより21世紀を拓き、世界において常に重要な役割を担い続ける日本を実現する。
(後略)
 
つまり世界は今、大競争時代だというのです。
確かにそうかもしれません。しかし、資源と環境の制約があり、途上国がいずれ先進国並みの豊かさを実現するとなると、いつまでもこうした競争を続けていていいのかという疑問が生じます。
日本維新の会は大競争時代に適応することしか考えていないようですが、今は競争時代からの転換を考えている人も多いのではないでしょうか。
少なくとも競争適応だけでは未来に希望が持てない気がします。
 
ともかく、性善説と性悪説があるのと同じで、国際社会は力と力がぶつかり合う弱肉強食の世界であるのか、互いに信頼して協調していくことができるのか、ふたつの考え方があり、中間的な考えの人も多いので、ひとつの考え方に過半数の賛成が得られるということはないでしょう。
ですから、憲法の根本的な変更はできないと思います。
 
もっとも、自民党案や産経案をつくった人たちも、自分たちの案を丸ごと通そうとは思っていないのでしょうが、こういう案を発表したことで馬脚を現し、改憲の足を引っ張ってしまった格好です。
 
 
そもそもは憲法9条を改正したいというのが改憲派の主眼であるはずです。だったら、そこに集中したほうが成功の可能性が高いと思われます。
 
ところが、今はどうやら憲法96条を先に変更しようという流れになっています。
つまり改憲の発議の条件を、国会議員の三分の二以上から過半数に変更して、発議しやすくする狙いです。
しかし、この改憲自体は誰が考えてもよいこととはいえません。「バカでも発議できる」憲法にしようということですから。
当然、多くの国民も反対であるようです。
憲法記念日に合わせた朝日新聞の世論調査によると、憲法96条の変更について、賛成38%、反対54%でした。
同じく毎日新聞の世論調査によると、賛成42%、反対46%でした。
 
必然性も必要性もない改憲に賛成が得られないのは当然です。改憲派は最初から憲法9条改正にチャレンジするべきでしょう。
 
ところが、改憲派というのはこぞって今まで自衛隊合憲論を唱え、また日本国憲法は自衛権を否定していないという説を唱えてきた人たちなのです(自衛隊違憲論を唱えてきたのはかなり左翼的な人たちだけです)
となると、憲法9条を改正する必要はないことになります。
 
改憲派が憲法9条改正を主張するなら、自分たちが今まで主張してきた自衛隊合憲論は間違いだったと表明するべきでしょう。
「今の憲法下では自衛隊の存在は違憲だ。だからどうしても憲法9条を改正しなければならない」
こう主張すれば、それなりに国民の心を動かすことができるかもしれません。
 
しかし、こう主張した結果、憲法9条の改正に失敗すれば、自衛隊は違憲なのだから解体しなければならないというリスクを負うことになります。
長年ごまかし続けてきたことを解消しようというのですから、これくらいのリスクは覚悟しないといけません。