トルコでエルドアン首相の退陣などを求めるデモ隊と警官隊が衝突して、騒ぎが拡大しています。
独裁国や経済危機の国でこうしたことが起こるのはわかりますが、トルコは民主主義国ですし、経済も好調です。どうしてこんなことになるのでしょうか。
 
そもそもの発端は、イスタンブールのタクシム広場に隣接するゲジ公園をとりつぶして再開発する計画が持ち上がり、反対派が公園内で座り込みを始めたことです。それがどういうわけか全国的なデモに拡大しました。
その理由としては、現政権が酒類の夜間販売禁止などイスラム色の強い政策を進めていることや、エルドアン首相が独裁色を強めていることなどが挙げられています。
確かにそういう理由もあるのでしょう。しかし、それだけが理由だとすると、弱すぎると思います。
 
私はトルコの騒ぎについての新聞記事の中にキーワードを見つけました。それは「祭り」であり「解放区」です。
 
反政府に染まる広場 集う市民、無料の食料配布所 トルコデモ
 
 反政権デモが広がるトルコの最大都市イスタンブール中心部を4日朝、歩くと、街全体としては平静を保っていた。一方で、デモ隊が占拠するタクシム広場とその周辺だけが、独特な空気に包まれている。思い思いの旗や看板が掲げられ、食料配布所もできて、さながら「反政府祭り」の雰囲気だ。
 
 この日朝、広場の隣のゲジ公園の芝生や植え込みには、大勢の人が寝転がっていた。弁護士のブラック・ソフォールさん(30)は5日前から無料の「食料配布所」を開き、こうした人たちに「朝食」を配っている。近所の人たちから寄付されるパンや牛乳などを集め、大学生ら数十人のボランティアで運営している。ソフォールさんはエルドアン首相の辞任までは求めていないというが、それでも「公園の木を切らせてしまうと、政府に屈したことになってしまう」と訴える。
 
 野宿を続ける市民らは、口々に「政府への不満」を語り合う。野宿5日目の美術大学生のエズギ・エルクムラシュさん(28)は、強権的な首相への反発から、市民らの抗議に「反政府色が強くなってきている」と感じている。「運動がどこに向かうかは分からない。でも、ここに居続けないと私たちの思いも守れない。今はそれだけ」
 
 この1週間、毎日公園のゴミ拾いをしているというゴズデ・アクスさん(14)とギゼン・カラマンさん(14)は中学生だ。学校を休んでいるが、両親も認めているという。「勉強になる。こんな機会はない」
 
 デモ隊は広場周辺で進んでいた渋滞緩和のための地下道路建設工事も止め、フェンスが倒されていた。一方で周辺のホテルや商店は営業を続けている。観光客の姿もあり、通りはいつもの慌ただしさだった。
 
 (イスタンブール=前川浩之)
 
 
 
■白煙の中、逃げ惑う人々
 
 催涙ガスの白煙のなかを逃げるデモ隊、炎上する警察車両――。イスタンブール中心部のデモ拠点、タクシム広場は11日朝、騒然とした状態に陥った。
 
 「ボーン、ボーン」。「ドーン」。広場周辺に展開した警官隊が一斉に大量の催涙ガス弾を発射すると、にらみ合っていたデモ隊はちりぢりになって逃げ惑った。「マスクはないか」「落ち着け」。呼びかけが交錯する。足をけがしたり、目を押さえたりした人が次々に隣接するゲジ公園に駆け込んだ。
 
 1日にデモ隊が占拠して以降、事実上の「解放区」となってきた広場で事態が一気に動いたのは午前7時半ごろ。主要道に十数カ所も築かれたバリケードを越えて、ヘルメットや盾で重装備した警官隊数百人が、放水車や重機なども動員して広場の要所に展開した。
 
 
つまりここで起こっているのは、チュニジア、エジプト、リビアなどに広がった「アラブの春」の遅いバージョンです。
「遅すぎた春」という言葉がありますが、この場合は遅すぎるということはないので、「遅い春」といっておきます。
 
革命騒ぎ、つまり解放のための戦いというのは、たいへんな高揚感があります。あらゆる祭りの中の最高の祭りだといえるでしょう。
そして、この祭りは高揚感があるだけに伝播しやすいのです。
 
たとえば、60年代末の全共闘運動は最初、学費値上げ反対闘争とか学生処分反対闘争とかが各大学でほそぼそと行われていたのですが、日大で当局の不正経理に抗議する運動がたいへんな規模で盛り上がり、それがきっかけで全国規模で大学闘争が盛り上がったのです。
そして、当時はアメリカでベトナム反戦運動が盛り上がっていたので、それと共鳴し、それがさらにフランスに影響を及ぼして五月革命といわれる運動になるなど、ヨーロッパ各国にも広がりました。そして、政治的な意味はまったく違うのですが、中国では紅衛兵運動が起き、そのスローガンの「造反有理」は世界の若者の共通のスローガンにもなりました。
 
革命の高揚感が国境を超えるという最初の例は、アメリカ独立戦争とフランス革命の関係に見られます。1783年にアメリカはイギリスとの戦いに勝利して独立を勝ち取りますが、それに影響されたフランス民衆は1787年にフランス革命を始め、アメリカ独立宣言に影響されてフランス人権宣言を採択します。
 
また、日本の米騒動は1918年、富山県の女性たちが立ち上がったことがきっかけで起きますが、その前年の1917年にロシア革命の二月革命と十月革命が起きています。米騒動にロシア革命の影響が大きかったことは明らかでしょう。
 
こうした革命運動が盛り上がるためには「解放区」の存在が重要です。権力の及ばない「解放区」があってこそ革命の高揚感が得られるのです。
全共闘運動では大学をバリケード封鎖して、そこを解放区にしました。フランスの五月革命では、学生街のカルチェラタンが解放区になりました。フランス革命のときは、映画「レ・ミゼラブル」でも描かれましたが、道路がバリケードで封鎖され、街路や広場が解放区になりました。「アラブの春」でもデモ隊が広場を占拠するなどして解放区を出現させました。
そして、今回のトルコではタクシム広場が解放区となっていたようです。
 
ちなみに全共闘運動は、1969年8月に施行された大学臨時措置法によって大学への警察力導入が可能になり、バリケードが次々と撤去されて解放区が失われたことで急速に衰退しました。
 
私の考えでは、今回のトルコの騒動は、トルコの民衆が革命の高揚感を味わうことを主目的としてやっています。そのためデモの目的というのもはっきりしないのではないでしょうか。一応エルドアン首相の退陣を求めているようですが、公正な選挙で選ばれた首相ですし、ある程度の支持率もあるようですから、無理筋な気がします。
 
ともかく、革命の高揚感はたいへんなもので、私は全共闘運動のときにこれを体験したので、それから10年ぐらいは抜け殻のような感じでした。しかし、人生においてそうした高揚感を味わえたのは幸せなことだと思います。
ですから、私としては今回のトルコの運動も応援しています。