7月の参院選からネットでの選挙運動が解禁されることになりましたが、これによって政治の劣化がさらに進んでしまう可能性があると私は思っています。
 
ネット内の世論は、一般社会の世論としばしばかけ離れています。たとえば橋下徹大阪市長の「慰安婦制度は必要」発言について、一般の世論は批判的で、日本維新の会の支持率も下がっていますが、ネット内では橋下氏支持の声が多数あります。こうした声をまに受けると政治が間違った方向に行くことになります。
 
なぜネット内の世論がへんなのかについて私は、「バカが集団になるとバカが増大する」と書いたことがあります。しかし、これは品のない表現です。「天声人語」が同じようなことを書いていましたが、こちらはさすがに品のいい表現です。
 
「天声人語」
 こんな経験はないだろうか。あるテーマについて、同じような意見を持つ何人かで話し合いをする。すると、みんなの意見がだんだんと極端な論に傾いていく▼たとえば、歩道を走る自転車を取り締まるべきだと思っている人々が集まって「そうだ、そうだ」と言い合ううちに、「断固、厳罰に処せ」の大合唱になる。こうした現象を「集団分極化」というそうだ▼ネット上でもしばしば起こる。たしかに激しい攻撃や差別、憎悪の噴出をよく目にする。ネットの匿名性はこの傾向を強めやすい。ネットは「過激主義の温床になっている」(キャス・サンスティーン『インターネットは民主主義の敵か』)
(後略)
 
私はこれを読んで「集団分極化」という言葉を初めて知りました。しかし、検索してみると、同じ意味で「集団極性化」という言葉もあります。ヒットするのは「集団分極化」が約4万件、「集団極性化」が約94万件ですから、「集団極性化」という言葉のほうが一般的なようです。
 
この「集団極性化」はどんなことでも起こりうるのでしょうが、いちばん極端に現れるのが右翼化、国家主義化の場合です。
人間はもともとほかの動物と同じく、完全に公平であるよりは少し利己的にふるまうように生まれついていますが、利己的なふるまいは周りと摩擦を起こすので、日常的には利己的なふるまいを抑えています。しかし、国益を追求するべきだという議論を国内でしている場合は、「集団極性化」がもろに起こってしまいます。
とくに日本人はもっぱら日本語で表記されたサイトにアクセスするので、インターネットは世界に通じているとはいいながら、国境で閉じられた世界になってしまっています。
中国や韓国でも事情は同じでしょう。
英語のサイトは世界に開かれていますから、アメリカ人などの場合はまったく違うはずです。ヨーロッパの場合も、各国の言葉が互いにかなり似ているので、日本ほど国境で閉じられてしまうことはないのではないでしょうか。
 
ですから、インターネットのおかげで日本と中国と韓国はこぞって右傾化し、対立を深めることになっています。
 
橋下氏は日本のインターネットで行われている議論が世界に通じると勘違いして「慰安婦制度は必要」発言をしてしまったのでしょう。ネットが政治を劣化させたいい例です。
 
それから、安倍首相もネットの議論のやり方に影響されているようです。
 
ネットの議論というのは、慰安婦問題のような大きな問題はうまく扱えません。簡単に結論が出ないからです。そのため議論が多くの人にとって都合のいい方向にどんどん流れていくことになります。
反対に、誰かがツイッターで問題発言をしたというような小さな問題は、すぐに結論が出るので、多くの人が飛びついてきて盛り上がります。
最近の安倍首相の議論のやり方は、こうした小さな問題を追及することに傾いています。
 
たとえば民主党の徳永エリ議員が閣僚の靖国参拝に関して国会で「拉致被害者が落胆してます」と発言したことに対して、「どなたがそれを言ったのか」と反論し、自身のフェイスブックでも徳永議員を批判しました。これは徳永議員の発言にも問題があるかもしれませんが(個人名を公にしろと追及するほうにも問題があります)、所詮は小事です。総理大臣があとになってまでフェイスブックで追及するようなことではありません。
しかし、ネットではこうした言葉の端を取り上げて相手をやりこめ、勝った負けたと騒ぐのが常態となっています。安倍首相は自分もそのまねをしたのでしょう。
 
また安倍首相は、田中均元外務審議官に外交方針を批判されたことにフェイスブックで反論し、それを民主党の細野豪志幹事長に批判されると、さらに細野幹事長に反論するということをしています。
外交方針について議論するのは大いにけっこうなことですが、安倍首相は田中氏の批判に対して直接反論するのではなく、田中氏の過去の行動を持ち出して、田中氏に「外交語る資格なし」と個人攻撃をしたのです。
相手の過去の言動を持ち出して反撃するというのは、夫婦喧嘩ではよくあることですが、総理大臣がやったというのは驚きです(こんなことをしているから昭恵夫人とうまくいっていないのでしょうか)
 
小さな問題を取り上げたり個人攻撃をしたりするのは、ネットの議論の傾向なので、安倍首相は自分もそれをやれば受けると思ったのでしょう。しかし、それを喜ぶのは、国民全体からすればごく一部の人たちだけです。
 
ちなみに安倍首相は、徳永議員を攻撃するときも細野幹事長に反論するときも、「民主党は息を吐くように嘘をつく」といっています。よほどのお気に入りのフレーズのようです。
 
しかし、「息を吐くように嘘をつく」というのは、厳密な出典は知りませんが、「朝鮮人は息を吐くように嘘をつく」という形で、もっぱらヘイトスピーチとして使われていたフレーズです。
もちろんこれは人格攻撃の言葉ですから、まともな議論に使う言葉ではありません。
 
安倍首相にはまったくネットリテラシーがないようです。
そのため私たち日本人は、平気でヘイトスピーチをする首相をいただくことになってしまいました。