タレントのローラさんの父親が詐欺容疑で国際手配になったというニュースがありました。ローラさんが人気のタレントであるだけに注目度が高いのは当然ですが、その報道のしかたを批判する声が上がっています。
 
ローラさんの父親を国際手配 海外療養費詐取の疑い
 知人の男が海外で入院したように装って療養費をだまし取ったとして、警視庁は、バングラデシュ人のジュリップ・エイエスエイ・アル容疑者(53)について詐欺容疑で逮捕状を取り、25日発表した。捜査関係者によると同容疑者はタレントのローラさんの父親。現在バングラデシュにおり、警視庁は国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配した。
 
 組織犯罪対策1課によると、ジュリップ容疑者は2009年12月、知人のバングラデシュ人の調理師の男(45)=同容疑で逮捕=と共謀し、調理師が母国で約1カ月入院したと偽って世田谷区役所に国民健康保険の海外療養費を申請し、87万5千円をだまし取った疑いがある。
 
 調理師は「(ジュリップ容疑者から)もうけ話があると誘われた」などと供述しているといい、同課はジュリップ容疑者が療養費を詐取する方法を教えたとみている。
 
この記事に対する疑問は、容疑者がローラさんの父親であるということを書く必要があるのかということです。
この記事は容疑者がローラさんの父親であるということを前面に出しているので、そうした疑問が起きにくくなっています。もしこの記事が、「バングラデシュ人を国際手配、海外療養費詐取の疑い」という見出しで、記事の末尾に「なお、ジュリップ容疑者はタレントのローラさんの父親である」と書かれていたら、多くの人が末尾の一行は必要ないのではないかと考えるでしょう。
 
これは朝日新聞の記事がたまたまそうなっていたということではありません。ブロガーの木走正水さんが主要紙の記事の見出しがみな同じであるということを指摘しています。
 
 
朝日新聞】ローラさんの父親を国際手配 海外療養費詐取の疑い
 
【読売新聞】ローラさんの父、不正受給指南…詐欺容疑逮捕状
 
【毎日新聞】ローラさん:父親に逮捕状 海外療養費詐取の疑い
 
【産経新聞】ローラさんの父親に逮捕状 海外療養費詐取の疑い 警視庁 被害1千万円以上か
 
【日経新聞】ローラさんの父親国際手配 国保で87万円詐取容疑
 
つまりどの新聞も、「海外療養費の詐欺事件」を報じるというよりも、「ローラさんの父親に詐欺容疑」ということを中心にして報じているのです。
これはどう考えてもおかしな報道のしかたです。
もちろんローラさんとローラさんの父親は別人格ですし、ローラさんが犯罪に関与したということはまったく示されていませんし、ローラさんは有名人であっても公人ではありません。
 
もちろんこれは、警察がこのような形で発表し、マスコミがそのまま記事にしたということでしょう。
なぜ警察がこのような形で発表したかは定かではありませんが、自民党の片山さつき議員が前から海外療養費制度の不備を指摘していて、今回のローラさんの父親の報道があると、すぐに自身のブログでこの報道にからめて制度問題を論じていますから、もしかしてそういう政治的な意図があって世間の注目を集めようとしたのかもしれません。
 
警察の意図はともかく、新聞各社が警察発表をそのままの形で記事にしたのにはあきれてしまいます。容疑者がローラさんの父親であることを記事に書く必要があるのか、見出しにまで書く必要があるのかという疑問はなかったのでしょうか。
マスメディアは批判能力を喪失して、警察や検察の判断にすっかり依存しているのではないかといわざるをえません。
 
それにしても、警察とマスメディアがこうした報道をしたことにはそれなりの理由があります。それは警察官僚や新聞記者の差別意識です。
 
私がこの新聞記事を読んだとき最初に思ったのは、「バングラデシュ人だから書いたな」ということでした。ローラさんの父親がアメリカ人やイギリス人なら、こうした記事はなかったでしょう。
東電OL殺人事件のときにネパール人のゴビンダ・マイナリさんが逮捕され、犯人に仕立て上げられましたが、これもネパール人であることが大きな要素だったと思います。日本人の多くはネパール人に差別意識を持っていますし、ネパールは小国ですから、ネパール政府に抗議されてもたいしたことはありません。
バングラデシュは小国とはいえないかもしれませんが貧国ではありますし、日本人の多くはネパール同様に見下していると思います。
 
それから、ローラさんが所属する芸能事務所はきわめて小さなところです。ウィキペディアによると、「主な所属タレント」には4人の名前しかなく、ローラさんが筆頭になっています。
マスメディアが力のある大手芸能事務所所属のタレントに弱いことは周知の事実です。これまでマスコミからバッシングされたタレントはほとんどの場合、弱小事務所の所属です。
 
それから、ローラさんは歌手でも俳優でもなく、もっぱらバラエティ番組に出演するタレントです。このことも大きな要素であると思います。
警察官僚や新聞記者の多くはバラエティ番組をほとんど見ないと思います。見ないのはいいのですが、自分の子どもがバラエティ番組を見ていると怒ったりしているのではないかと思います。つまりバラエティ番組は低俗であるとして見下しているのです。こういう人はバラエティタレントも見下しているはずです。
 
ですからローラさんは、お父さんがバングラデシュ人で、弱小芸能事務所所属で、バラエティタレントであるということで、マスメディアがひじょうにたたきやすい存在であるわけです。
警察や新聞社は、これをきっかけにローラさんへのバッシングを起こさせようとしたというといいすぎかもしれませんが、バッシングが起きてもしかたがないという「未必の故意」はあったのではないでしょうか。
 
ところが、必ずしもそうはなっていません。ネットには「父親が容疑者になってもその子どもに責任はない」という声がけっこうありますし、テレビのコメンテーターで警察の発表がおかしいのではないかと指摘する人もいます。
 
片山さつき議員は自身のブログで、「おそらく彼女自身は関与していないでしょうから、それを芸能界がどう判断するかでしょうが」と書いています。
 
自分の判断を書かずに、芸能界の判断にゆだねるとはおかしな話です。芸能人バッシングに便乗するという得意技()を発揮したかったのでしょうか。
 
ともかく、立場の弱い芸能人をバッシングするのではなく、「親の行為に子どもの責任はない」という正論が聞かれるようになったとは、日本も進歩したものだ――といいたいところですが、たぶんそういうことではないでしょう。
これは要するに、たまたまローラさんが魅力的で、しかも無邪気で憎めないキャラクターであるために、ヘイトスピーチのパワーに打ち勝ってしまったということではないでしょうか。
 
警察や検察とマスメディアが結託して、国民の差別意識に便乗したときのパワーというのは、まだまだあなどれないと思います。