参院選で自公が大勝し、一方野党は内紛などで機能不全に陥っています。これでは安倍政権のやりたい放題になるのではないかと懸念する向きもありますが、そう簡単にはいきません。たとえば、8月15日の靖国神社参拝についてこんなニュースがありました。
 
安倍首相:終戦記念日の靖国参拝見送りへ 中韓に配慮
毎日新聞 20130725日 0230
 安倍晋三首相は8月15日の終戦記念日に靖国神社を参拝しない意向を固めた。複数の政府関係者が明らかにした。
 
 参院選で与党が圧勝し政権基盤を強化した首相は、領土や歴史認識問題などで悪化した中国、韓国との関係改善に取り組む方針で、両国とのあつれきがさらに広がらないよう配慮する。
 
 首相は2006〜07年の第1次安倍政権時代、靖国神社に参拝しなかった。このことを、昨年の自民党総裁選の際には、「痛恨の極み」と述べており、第2次政権での対応が注目されている。
 
 首相はこれまで、「国のために戦った方々に敬意と尊崇の念を表し、冥福を祈るのは当然だ。一方、そのこと自体が外交問題に発展する可能性がある中で、行く、行かないを申し上げるつもりはない」(21日のNHK番組)などと明言を避けてきた。
 
 首相周辺は「首相は賢明な判断をされるだろう。(政権の)先が短いなら別だが、3年間ある。思いを果たすときは来る」と指摘。別の政府関係者も「8月は参拝のタイミングではない」と語った。
 
 与党内にも、8月の参拝を自重するよう求める声が出ている。公明党の山口那津男代表は21日、テレビ朝日の番組で、「外交上、問題を起こしてきたテーマなので、賢明に対応することが大切だ。歴史の教訓は首相自身がよくご存じだ」と述べた。
 
 ただ、安倍内閣は参拝の判断を各閣僚に委ねており、閣僚が終戦記念日に参拝する可能性はある。また、首相は4月の春季例大祭で真榊(まさかき)の奉納にとどめたことから、首相の支持基盤の保守層からは10月17〜20日の秋季例大祭での参拝に期待が高まることも予想される。中韓両国は秋季例大祭での首相の参拝も警戒しており、関係改善は見通せていない。【鈴木美穂】
 
政権基盤が強化されたのですから、靖国参拝を強行してもよさそうなものですが、意外な早さで諦めてしまったようです。
まだ参拝見送りを正式に決定したわけではありませんが、こういう記事を書かせて、靖国参拝への期待を冷ましておいて、最終的に参拝見送りを明らかにしようということなのでしょう。
 
見出しには「中韓に配慮」となっていますが、安倍首相はもともと中韓に配慮するような人ではありません。ですから、これはアメリカから要請されての決定ではないかと推測されます。
というのは、これまでも同じパターンが繰り返されているからです。
  
今年の靖国神社の春季例大祭に閣僚が参拝したことが中韓から批判されると、安倍首相は国会で「わが閣僚はどんな脅しにも屈しない」と強い調子で語りました。ところが、その後、アメリカ政府が非公式に懸念を伝えたという報道があると、とたんにトーンダウンしてしまいました。
また、安倍首相は国会で「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と答弁しましたが、これもアメリカで問題になると、その後はなにも語らなくなってしまいました。
安倍首相は村山談話の見直しや河野談話の見直しにも意欲を見せていましたが、今はそうした主張もまったく封印しています。これも中韓に配慮してというよりも、アメリカの意向に従ったものでしょう。
 
たまたま7月27日の朝日新聞にアーミテージ氏のインタビューが載っていました。これを読むと、安倍政権の動きがアメリカの意向に沿ったものだということがわかります。
 
「首相が最も力を注ぐべきは経済」 アーミテージ氏語る
 【ワシントン=山脇岳志】知日派として知られるリチャード・アーミテージ元米国務副長官が、朝日新聞のインタビューに応じた。
(中略)
 経済改革と首相の持論である憲法改正には、共に大きな政治力が必要だが、アーミテージ氏は、経済改革を優先すべきだとの考えを示した。「アベノミクス」の成長戦略にあたる「第3の矢」の政策は、まだ途上にあるとして、そこに注力することが必要だとした。
 
 今後、日本では集団的自衛権の行使容認に向けての議論が大きなテーマとなるが、近隣諸国には警戒感も強い。この点について「日本が、(戦争責任などの)歴史問題で修正主義をとらず、未来志向であるのとセットであれば大丈夫だろう」との見方を示した。
 
 安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」と国会で答弁したことについては「あのコメントはしてほしくはなかった。ただ、用意をせず答えたものだと思うし、もう一度聞かれたなら、きっと違う答えになったと思う」と語った。
 
 中国、韓国などの反発が予想される中、首相が8月15日の終戦記念日に向けて靖国神社に参拝するかどうかについては「首相自身の判断だ」とした。ただ、個人の思いや宗教的理由からの追悼と違い、政治家としての行動となると少し異なった色合いも帯びると指摘した。
 
 「靖国神社に参拝すれば、むろん、第2次大戦で犠牲になった多数の日本人兵士に思いをはせる。ただ、(国内外の)すべての犠牲者について思いをはせる時間も、あってよいと思う」と述べた。
 
アーミテージ氏は露骨な言い方は避けていますが、アーミテージ氏の望むことと安倍政権のやっていることが一致していることは明らかです。
 
たとえば、安倍政権はとりあえず、憲法解釈で禁じられている集団的自衛権の行使容認へ向かって検討を進めていくという方針のようですが、これが私には不思議でした。憲法9条を改正すれば、憲法解釈を変更するなどという面倒なことをする必要はないからです。それに、現行憲法で集団的自衛権の行使が容認されたら、憲法改正をする必要性がひとつなくなってしまいます。憲法改正を目指す安倍首相にとってはかえって不利です。
しかし、アーミテージ氏は集団的自衛権の行使容認は望むが、憲法改正は後回しにしたほうがいいという考えです。安倍首相はその考えに沿って行動しているとすれば不思議なことではありません。
 
マスコミは安倍首相が危険な方向に行くときは公明党の存在が歯止めになるというようなことを書いていますが、公明党にそれほどの力はないと思います。それよりも、ほんとうの歯止めになるのはアメリカでしょう。
つまり今は、アメリカが安倍政権にとって最大野党のようになっているのです。
 
では、今後日本において最大の政治課題になるであろう憲法改正について、アメリカはどう考えているのでしょうか。
アーミテージ氏はあまり乗り気でないようですし、おそらくはアメリカ政府全体の意向もそうではないかと思われます。
なぜなら、憲法9条改正は日本の核武装への道を開くことになるからです。
日本の核武装はアメリカにとってなによりも困ることです。日本はパールハーバーを不意討ちし、さらには自爆テロのモデルになったカミカゼアタックを始めた国です。核抑止力というのは、相手が合理的な判断をするだろうという前提で成り立っていますが、日本はアメリカにとってはかつて狂気を発した国ですし、いつまた狂気を発するかわからない国です。
 
もちろん安倍首相は核武装する気はありませんし、アメリカに歯向かう気もありません。しかし、石原慎太郎氏や橋下徹氏のように、極右で反米の言動をする政治家がすでに出てきています。安倍首相がいくら親米でも、将来のことを考えると、アメリカは日本に憲法改正はしてほしくないはずです。
 
選挙で大勝した安倍政権も、アメリカに逆らうことはできません。
 
日本のことは日本人が決めるなどと考えたら大間違いです。いちばん重要なことはアメリカが決めるのです。
 
では、安倍首相がどうしても憲法改正したいとすれば、どうすればいいでしょうか。
それは簡単なことです。憲法改正案に非核条項を入れておけばいいのです。そうすればアメリカも安心して憲法改正に賛成することができます。
 
もっとも、安倍首相ら日本の改憲勢力は非核条項を入れるつもりはないでしょう。
 
そこに改憲反対勢力のつけ込む余地があります。改憲反対勢力のほうから非核条項を入れるべきだという議論を起こせばいいのです。
日本で非核条項を入れるか否かという議論が起こり、その結果非核条項が入らなかったとなると、アメリカはますます日本の核武装への警戒心を高めることになります。
つまり、非核条項を入れるべきだという議論をすると、改憲勢力の核武装への野心をあぶり出し、結果的に改憲を阻止することができるというわけです。
 
安倍政権にとっての最大野党はアメリカであるということを認識すれば、アメリカを利用して安倍政権をコントロールしようという発想が出てきます。
改憲案に非核条項を入れるべきだという議論は、やってみる価値があるのではないでしょうか。