アメリカがシリア攻撃をするか否かが現在の国際政治の焦点になっています。米ソの綱引きのおかげで安倍首相は9月5日、サンクトペテルブルクのG20の場でプーチン大統領、オバマ大統領と相次いで会談することができました。
ここは国際社会で日本のプレゼンスを高めるための絶好のチャンスです。
というか、国際社会も日本からの発信を望んでいるに違いありません。
 
たとえば、アメリカのマリー・ハーフ副報道官が「一般人に対する無差別の化学兵器の使用は国際法違反」とシリア政府を非難したのに対して、ロイターの記者が「アメリカが核兵器を使用し、広島、長崎で大量の市民を無差別に殺害したことは、あなたの言う同じ国際法への違反だったのか」と質問し、これに対して各方面から賞賛の声が上がったそうです(ハーフ副報道官はとくに答えず)
 
広島、長崎が取り上げられているのですから、日本からなんらかの発信があっていいはずです。
しかし、日本の有力政治家がこれについてなにか言ったという話はありません。
 
とはいえ、誰も発言できないのもわかります。これは戦後日本のタブーみたいなものだからです。
本音では、原爆投下は最大級の戦争犯罪で非人道的行為だと言いたいのですが、それを言うと日米関係にヒビが入ってしまうので言えないわけです。
東京裁判でA級戦犯が裁かれたのも同じです。内心は不満なのですが、アメリカや国際社会に対してそれを言った有力政治家はいません。
反米左翼なら言えますが、親米保守は絶対に言えないわけです。
せっかくオリバー・ストーン監督が来日して、「日本を降伏させるのに原爆投下は必要なかった」と語っても、政治家からの反応は皆無のようです(マスコミの反応も薄いといえます。マスコミも基本的に親米です)
 
ところで、シリア政府軍はほんとうに化学兵器を使用したのかという問題があります。
国際ジャーナリストの田中宇氏は、シリア内戦は今年に入ってから政府軍優位に展開しており、このタイミングで政府軍が化学兵器を使用するとは考えにくい、反政府側の謀略ではないかという説です。
(無実のシリアを空爆する  2013年8月28日   田中 宇)
 
本当のところはわかりませんが、かりにシリア政府軍が化学兵器を使用したとしても、アメリカがシリア空爆をするのが正しいということにはなりません。これについては、潘基文国連事務総長が9月3日の記者会見で、「武力行使は、国連憲章に基づく自衛権の発動か、国連安全保障理事会の承認がある時のみ合法」と明快に述べています。
 
国連安保理決議なしに他国を攻撃するのは国連憲章違反です。そういう意味ではイラク戦争も国連憲章違反でした。
 
アメリカの主張は、化学兵器が使用されたのになにもしないでいると、化学兵器の使用が許されたことになり、今後化学兵器が使われやすくなるというものです。
これは厳罰主義みたいなものです。悪いことをしたのに罰しないでいると、どんどん悪がはびこってしまうという論理です。
子どもが悪いことをしたら罰しなければいけないという論理でもあります。
 
私はそういう論理にはくみしないのですが、世の中には子どもが悪いことをしたら罰しなければならないと考える人がほとんどです。そういう人はアメリカの主張を否定できないでしょう。
 
ちなみに日本が支那事変を始めた当初は、すぐに国民党政府は降伏すると思っていたのですが、そうはならずに泥沼化します。そうなると、国民はなんのために戦争をしているのか疑問を持つようになります。そのときに考え出された理屈が「暴支膺懲」というものでした。つまり、「支那はけしからんから懲らしめる」というものです。
 
アメリカの理屈はすでに昔の日本が使っていたものです。
また、当時の日本軍は中国で化学兵器も使っていました。
ここで日本がなにか発信すれば、それはまさに「経験者は語る」ですから、説得力があるはずです。
安倍首相は戦車に乗って喜んでいる場合ではありません。
 
ところで、アメリカのシリア攻撃があるとすれば、巡航ミサイルに加えてB52やB2ステルス爆撃機を使って行われるようです。
巡航ミサイルで攻撃する場合、アメリカ側の人的損害はいっさいありません。B52やB2を使う場合は、シリアはソ連製の対空ミサイルを持っているということなので、撃墜される可能性がありますが、それでも死亡者は爆撃機の乗組員の数を越えることがありません。
つまりアメリカは自軍の損害はわずかで相手に圧倒的な損害を与えられるわけです。
 
ですから、これは非対称的な戦争です。
というか、戦争とは呼べないような気がします。
おとなが子どもをムチ打つのに近いでしょうか。
 
とにかく、アメリカ軍の損害は極小で大きな戦果を挙げることが約束されているのですが、国際世論はもちろん、アメリカ国内の世論もシリア攻撃には否定的です。
もちろんイラク戦争のときに大量破壊兵器があるといっていたのになかったということが影響しているのでしょう。しかし、それはシリア政府軍が化学兵器を使ったということをちゃんと説得すれば払拭できるはずです。
 
私が思うに、アメリカ人も一方的な攻撃に疑問を持つようになったのでしょう。
将棋の格言にも「うますぎるときは注意せよ」と言います。
一方的に勝利しても、負けたほうは黙っていません。
軍事的に勝てないのなら、それ以外の方法を使います。つまりテロです。
軍事施設を狙うことがむずかしいなら、民間人を狙います。
 
アメリカ人も一方的な軍事的勝利はテロという形で返ってくるということを理解してきたのではないかと私は思います。
 
そういうことを踏まえると、オバマ大統領がシリア攻撃の意向を表明したことについて安倍首相が「大統領の重い決意の表明と受け止めている」と述べたことは、国際世論からもアメリカ人の思いからもかけ離れたもので、対米追随しかない日本の政治家の無様な姿をさらしたものと言わざるをえません。