ニール・ブロムカンプ監督の「エリジウム」を観ました。
ニール・ブロムカンプ監督といえば「第九地区」で強烈な印象を残しました。今までのSFにはなかった発想の映画でした。
 
SFはもともと英米を中心に発達してきたジャンルです(あと旧ソ連とフランスが少しあるぐらい)。ですから、どうしても英米的な発想になってしまいます。宇宙人といえば、高度な知性を持った神に近いような存在か、一方的な侵略者か、あるいは人類と対等な知性を持った存在かということになります。ところが、「第九地区」では、宇宙人がゲットーに囲われた差別される存在として描かれたのです。
 
こんな発想が可能だったのは、ブロムカンプ監督が南アフリカの人だからでしょう。巨大宇宙船に乗ってやってきた宇宙人ですから、それなりの知性を持っているはずなのに、地球では差別されてしまう理不尽さは、ブロムカンプ監督が間近に見てきたアパルトヘイトへの実感でもあるでしょう。
 
「第九地区」の次回作である「エリジウム」もまた、英米を中心とする文明社会への強烈な批判となっています。
 
(「エリジウム」オフィシャルサイトのストーリー説明)
舞台は2154年、人類は二分化されていた。エリジウムと呼ばれる、汚れ無き人造スペースコロニーに住む富裕層と、人口過剰で荒廃した地球に住む貧困層とに。地球の住民は、蔓延する犯罪と貧困から逃れようと必死だった。この二極化した世界の平和の架け橋となる唯一の人物、それはマックス(マット・デイモン)だ。平凡な彼には、エリジウムになんとしても行かねばならない理由があった。不安定な状態の中、デラコート長官(ジョディ・フォスター)と強硬な軍隊に立ち向かうという危険な任務を彼は仕方なく受け入れる。自分の命はもとより、地球上の全人類の未来のために!
 
要するにこれは極限の格差社会が舞台になっているわけです。エリジウムには、そこに入るだけでどんな病気やケガも治ってしまう医療ポッドがありますが、地上の貧困社会ではかなり低レベルの医療しかありません。この極端な差は現実的でないような気がしますが、今のアメリカではお金がないためにまともな医療が受けられない人がいて、そういう人にとっては、この極端な差のほうにリアリティが感じられるのかもしれません。
 
主人公のマックスは、今は工場で働いていますが、前はやり手の自動車泥棒でしたし、周りの人間も犯罪者みたいな連中ばかりです。バスに乗るときや工場に入るときには徹底的な持ち物検査が行われています。
一方、エリジウムといわれるスペースコロニーでは、富裕層が優雅な生活を送っています。
 
今のアメリカでは、ゲーティッドシティといって、壁に囲われた富裕層の住む町がふえています。一方、壁の外の一般社会や貧困社会では、犯罪対策として監視や取り締まりや厳罰化が進行していますし、学校ではゼロ・トレランスといって、厳格な規則と厳罰によって生徒を管理するというやり方がふえています。これらが極限まで進行したのが「エリジウム」で描かれる社会というわけです。
 
ブロムカンプ監督は旧来のSF映画を批判する意図を明確に持っているに違いないということが、ジョディ・フォスターのキャスティングからうかがわれます。ジョディ・フォスターは「コンタクト」というSF映画で正義の科学者役を演じていましたが、この映画ではエリジウムの防衛省長官の役で、不法移民を冷酷に殺してしまう悪役です(ちなみに「コンタクト」の原作は一流の科学者でもあったカール・セーガンのベストセラー小説)
 
また、この作品にはロボット警官が出てきて、銃を撃ちまくって人を殺します。SFにはアイザック・アシモフ(この人も作家で科学者)の有名なロボット三原則というのがあり、ロボットは人を殺さないことになっています。もちろんロボット三原則はすっかり過去の遺物です。アメリカはロボット兵器をどんどん開発しています。
 
昔、アポロが月に到達したとき、現実がSFを超えたとよく言われましたが、ロボット兵器の登場は、現実がSFを悪いほうに超えてしまったわけで、古いSFファンとしては複雑な心境です。
 
私はどうしても社会批判とかSF的価値という観点からこの映画を見てしまいますが、実際のところはほとんどアクション映画といってもいいぐらい派手なアクションの多い映画ですから、普通に見て楽しめるでしょう。
ただ、どんどん敵を倒していく爽快感みたいなものはあまりありません。主人公はきわめて劣悪な環境で生活していて、敵との戦いも不利な状況で、絶望の崖っぷちで戦っているようなものだからです。
 
ストーリーはかなり荒っぽいといえます。たとえば、そんな極端な格差社会をどうやって打破するのかというところなど、かなりご都合主義です。
 
ともかく、今年3月に公開された「クラウドアトラス」もそうでしたが、正義のヒーローが活躍するだけの単純な映画ではなく、社会批判を含む映画がハリウッドでつくられるようになったのはうれしいことです。
 
 
ところで、この映画をやっていた映画館で、トム・ハンクス主演の「キャプテン・フィリップス」という映画の予告編をやっていました。ソマリア沖で海賊に襲撃された船の船長の活躍を描いた映画で、「オバマ大統領も感動した勇気の実話」というキャッチコピーがあります。
この映画では海賊は完全な悪役として描かれているようです。しかし、ソマリアの海賊にもそれなりの事情があるのです。そもそもはアメリカがソマリアの内戦に中途半端に軍事介入して(「ブラックホーク・ダウン」という映画に描かれています)、その結果、崩壊国家になってしまったのです。
「エリジウム」では主人公は元自動車泥棒ですし、仲間たちも犯罪者です。勧善懲悪の図式では、悪人の側に立った映画です。
ブロムカンプ監督がこの海賊事件を描いたら、まったく別の物語になるのではないかと思います。それを見てみたいものです。