山本太郎議員が園遊会で天皇陛下に手紙を渡したことが大きな問題になっています。
山本太郎議員といえば反原発の象徴的存在ですから、原発推進派の人たちはここぞと山本議員批判をしますし、反原発派の人たちは山本議員擁護に回る傾向がありますから、よけいに議論が激化するのでしょう。
私は反原発派ですから、山本議員に甘くなる傾向がありますが、自分なりの観点からこの問題について書いてみます。
 
私が園遊会で天皇陛下に手紙を手渡すという山本議員の行動に最初に思ったのは、「そんな発想があったのか」という驚きでした。
これは、バイト店員がアイスクリームの冷凍ケースに寝そべった写真を見たときの驚きに似ています。
どちらも私にはまったく思いつかないことです。
おそらく多くの人にとっても同じでしょう。
そして私は、人が思いつかないことを思いついた人は、ただそれだけで評価することにしています。
大げさにいえば、こうしたことが人類を進歩させるからです。
 
普通の人や、天皇制を重んじている人は、天皇陛下に自分の手紙を渡すということは恐れ多くてできません。
反天皇制主義の人は、どこかで反天皇制のビラをまくかもしれませんが、天皇に会う機会があったとしても、手紙を渡してなにかを理解してもらおうとは思いません。
ですから、日本人には天皇に手紙を渡すという発想がないはずなのです。
少なくとも毎日、新聞の政治面を読んでいて“政治的常識”を身につけた人にはありえない発想です。
 
では、山本議員はなぜ思いついたのでしょうか。多くの人は「パフォーマンスだ」「目立ちたいためだ」と考えているようです。
しかし、結果的に批判のほうが多いので、パフォーマンスとしては逆効果です。
 
私の考えでは、山本議員は単に“政治的常識”に欠ける人なのです。天皇陛下についても、「話のわかってくれそうなおじいちゃん」みたいな認識だったのでしょう。それで手紙を渡してしまったのです。
 
ですから、「天皇陛下をバカにしている」とか「天皇陛下を尊敬していない」という批判も少し違います。山本議員は、天皇陛下を人間的に信頼していたわけです。
 
山本議員は、思いついたことは後先を考えずにすぐ行動に移す人のようです。俳優の立場で反原発発言をして、一時は仕事を干されたこともあります。
 
山本議員のような常識のない人間は政治家にふさわしくないという声が上がっています。しかし、常識のない人間だからいいということもあるのです。現に山本議員の行動は、沈滞した政治の世界に活気をもたらしています。
とりわけ「天皇の政治利用」ということについて議論が深まったのはいいことです。
 
私はもちろん「天皇の政治利用」には反対です。しかし、それ以前に「天皇の官僚利用」に反対です。
 
日本は官僚支配の国です。明治時代の初めこそ元勲や藩閥が国を支配していましたが、その後は帝大、陸士、海兵卒の学歴エリートである官僚が国を支配するようになりました。
官僚支配というのは、政治任用が徹底しているアメリカを例外として、どの国でもあるものですが、日本はとりわけ強いように思われます。
 
最初、山本議員が天皇陛下に手紙を手渡したときの様子は、このように報道されました。
 
園遊会で山本議員は、出席者の列から外れた反対側から陛下に手紙を渡した。陛下はいったん受け取り、後ろにいた川島裕侍従長にすぐに渡された。
 
これを読むと、陛下がみずから手紙を侍従長に渡したかのようです。しかし、そのときの映像を見ると、そうとはいえません。
 
(YouTube)前代未聞! 山本太郎 手紙を天皇陛下へ直接手渡す!
https://www.youtube.com/watch?v=gygY5q7ourA
 
 
陛下は受け取ったあと、体を右に向け、そのとき侍従長が手を出して手紙をつかみます。陛下は手をまったく動かしていません。
侍従長が手紙を「取り上げた」というといいすぎかもしれませんが、陛下自身が「手渡した」わけではなく、あくまで侍従長のほうが手紙を取ったのです。
 
手紙はそのあとどうなったかというと、宮内庁によって“没収”されてしまったようです。
 
山本議員の手紙、陛下に渡らず…宮内庁次長
山本太郎参院議員(無所属)が秋の園遊会で天皇陛下に手紙を手渡したことについて、宮内庁の山本信一郎次長は5日の定例記者会見で、「園遊会という場で国会議員が手紙を差し出すのはふさわしくない」と述べた。
 
手紙は同庁の事務方が預かり、陛下に渡っていないことも明らかにした。
 
山本次長は「園遊会は各界で活躍したり、功績を挙げた方を招いて接せられる場で、そういうことをすべきでないのは常識の問題」と指摘した。今後の皇室行事への影響について「一般化して考えるのは難しいが、行事や催しが円滑に開きにくくなる」との懸念を示した。手紙の中身については「私信なのでコメントを控える」とした。
20131160013  読売新聞)
 
「私信」と言いながら勝手に“没収”するとは信じられないことですが、それよりも問題なのは、宮内庁次長という役人が国会議員の行動を批判していることです。
明白な法令違反だということなら批判することも許されるかもしれませんが、「ふさわしくない」とか「常識の問題」と言っているので、法令違反を指摘しているわけではありません。
 
役人が政治家を批判するということは、それこそ政治的常識ではありえないことです。
なぜそんなことが公然と行われるかというと、宮内庁の役人は皇室の権威を背負っているからです。
これは「天皇の官僚利用」と言うべきではないでしょうか。
 
戦前、政友会と民政党が対立しているのに乗じて、軍官僚は統帥権を盾に国政を掌握しました。「統帥権を盾に」ということはまさに「天皇の官僚利用」ということです。
 
歴史を振り返ると、「天皇の政治利用」によってなにか大きな問題が生じたということはないはずです。しかし、「天皇の官僚利用」によって日本は軍国主義となり、破滅への道を突き進んだのです。
ですから、私たちが真に警戒するべきは「天皇の政治利用」ではなく「天皇の官僚利用」なのです。
 
民主党政権は「政治主導」あるいは「脱官僚依存」を目指しましたが、そのときの政権と官僚との戦いの過程でも「天皇の官僚利用」が見られました。2009年、天皇陛下と中国の習近平国家副主席との会見が急遽設定されたとき、羽毛田信吾宮内庁長官は記者会見を開き「二度とこういうことがあってはならない」と政権批判をし、小沢一郎幹事長が「辞表を出してから言え」とやり返すという一幕がありましたが、羽毛田長官の批判は民主党政権に大きな打撃となりました。
 
そして、マスコミは、このように官僚が天皇の権威を利用することをまったく批判しません。
 
ちなみに羽毛田信吾氏は7年間という異例の長きにわたって宮内庁長官を務めました。退任のときに朝日新聞にインタビューが掲載されましたが、そのインタビューは雅子妃のことについてはまったく触れていませんでした。そのころ国民が天皇家についていちばん知りたいのは、雅子妃の適応障害はどうなのか、いつ公務に復帰できるのかということだったのですが。
 
雅子妃は外務省にいるときは元気に働いておられました。なぜ宮内庁の管理下にいると適応障害になるのか不思議です。そして、それを追及しないマスコミも不思議です。
 
「天皇の政治利用」はいけないとされているので、官僚は天皇の権威を独占的に利用しています。
これは結局、政治主導がいつまでたっても実現できない大きな原因になっています。
 
私は、天皇家のあり方は宮内庁ではなく天皇家一族の人たちと国民が決めるべきだと思います。ここでも「官僚主導」からの転換が必要です。
 
山本議員はいわばトリックスターです。たった一人でも無鉄砲な行動力で古い体制を揺さぶります。こういう政治家も必要です。
 
手紙はおそらく山本議員に返却されることになると思われますが、誰がどのような理由で天皇陛下に読ませなかったかを説明してもらいたいものです。