「天声人語書き写しノート」が2011年4月の発売以来、累計200万部に達したそうです。
この「ノート」は、ページの上段に「天声人語」の切り抜きを貼り、下段のマス目にその文章を書き写すというものです。
写経というのがありますが、その「天声人語」版といったところでしょうか。
しかし、写経には宗教的な癒し効果のようなものがあるでしょうが、「天声人語」を書き写すことにどんな効果があるのでしょうか。
 
漢字を覚える効果はあるでしょうが、今漢字を覚える必要性がそれほどあるとは思えません。
読むだけよりも書いたほうがより深く理解できるということはあるでしょうが、その時間をより多くの記事を読むことに使ったほうが生産的なはずです。
まさか「朝日新聞崇拝教」信者にとって「天声人語」はお経のようなものだなんていうことはないでしょう。
 
朝日新聞のテレビCMで新聞販売店の店主らしいガッツ石松さんが「ノート」を使っているシーンがあります。そのCMを見ると、書き写しをする理由がわかります。
 
朝日新聞CM はじめる男篇(30秒)
 
ガッツ石松さんは若い男とこんな会話を交わします。
 
「なにやってるんですか」
「勉強だよ、勉強。この年になってさ、急に勉強したくなってさ」
「へえー、なんの勉強ですか」
「人生勉強」
(中略)
「形から入るタイプでしょう」
「うん、そうそう」
 
「勉強」と「形」がキーワードです。
誰でも「勉強」したい気持ちを持っています。しかし、なにをどう勉強すればいいのかよくわからないし、むずかしいことはしたくない。そこで「勉強」の「形」をすることで手っ取り早く達成感を得ようという人にとって、「天声人語書き写しノート」はとても便利なアイテムとなっているのでしょう。
 
「ノート」は1冊で1カ月分です。「ノート」専用の保存ボックスも売られていて、12冊が保存できます。書き終えた「ノート」を見ると、達成感が得られます。
また、書き写すときに時間を測ると、だんだん速く書けるようになることが確認できます。
 
もちろん「天声人語」を書き写すことにはいろいろな効果があると思います。「天声人語」の多くは時事ネタですから、時事問題に自然と興味がわいてくるかもしれません。また、書き写すという単純作業には、たとえば編み物などもそうですが、一種の癒し効果があると思われます。
それに、「天声人語」がコラムとしてひじょうにレベルの高いことは間違いありません。たとえば読売新聞に同様のコラムとして「編集手帳」がありますが、はっきり言ってかなりの差があります。
 
とはいえ、ただ書き写すだけの作業をもって「勉強」とするのはどうなのでしょうか。
お手本通りに書き写すことは「習字」であっても「書道」ではありません。
ガッツ石松さんの年齢になって、ただ書き写すだけの「勉強」をしているのにはどうしても疑問があります。
 
これはやはり日本の学校がつくりだした問題ではないかという気がします。
つまり日本の学校は、「みずから学ぶ人間」をつくるよりは「勉強しなければならないという意識を持った人間」をつくりだし、また、「創造的」であるよりは「お手本通り」にする人間をつくりだしているのです。
 
「天声人語書き写しノート」には日本の教育の問題点が集約されています。