安倍内閣は1217日の閣議で「国家安全保障戦略」を決定しました。
 
安倍首相がここまで“戦争好き”であるとは思いませんでした。国家安全保障会議(日本版NSC)設置、特定秘密保護法可決、集団的自衛権行使容認、海兵隊に近い水陸機動団設置などを次々に打ち出し、一方、外交面では日中首脳会談をせず、中国周辺の国ばかり訪問しているので、中国人が日本は中国との戦争準備をしていると受け取っても不思議ではありません。
 
中国のニュースサイト「環球網」が実施した調査で、「日本はアジア最大の脅威だ」とする専門家の主張に賛同を示した中国人は98%に上ったということです。
 
もちろん多くの日本人は、日本から中国に戦争を仕掛けるということはありえないことだと思っていますが、過去に日本は中国に繰り返し戦争を仕掛け、広大な面積を占領していたこともあったわけですから、その記憶がある限り中国人が心配するのもむりからぬところです。
 
過去の記憶に縛られているのは、安倍首相など日本のタカ派も同じです。
「国家安全保障戦略」には「愛国心」も盛り込まれました。これが戦前の感覚を引きずっていると思います。
 
ただ、マスコミは「国家安全保障戦略」に「愛国心」を盛り込んだことを批判しますが、その批判の仕方があまりにも紋切り型です。
たとえばこんな具合です。
 
 
「朝日新聞」
 今回の国家安全保障戦略(NSS)には、「我が国と郷土を愛する心を養う」という文言が盛り込まれた。NSSはその理由を、「国家安全保障を身近な問題としてとらえ、重要性を認識することが不可欠」と記す。
 
 国の安全保障政策が、個人の心の領域に踏み込むことにつながりかねない内容だけに、NSSに「愛国心」を入れることには、与党内にも慎重論があった。
 
 
「高知新聞」
「愛国心」を養う必要性を盛り込んだことにも違和感を覚える。安保政策への国民の理解を高めるとの理由からだが、あえて心の問題に踏み込まなければならないほど国民が国や郷土を思う気持ちは弱いのか。
 
 
「北海道新聞」
NSSは安全保障を支える社会基盤強化策として「わが国と郷土を愛する心を養う」と記した。
 
 また、国民一人一人が安全保障の重要性を深く認識することが不可欠だとして、高等教育機関でこの問題を教えることや、国民の意識啓発を打ち出した。
 
 首相は国防体制強化には国民の「愛国」意識高揚が欠かせないと考えているのだろう。個人の内心に踏み込み、憲法が保障する「思想および良心の自由」に抵触しかねない。
 
 
どの記事も「個人の心に踏み込む」ということで批判しています。まるで記者は他紙の記事を見て自分の記事を書いているみたいです。こういうものに説得力はありません。
 
これと同じことは「特定秘密保護法」に対する批判記事についても感じました。マスコミは「国民の知る権利が侵害される」ということ繰り返しましたが、私たちは「知る権利があってよかった」と思ったことがほとんどないので、説得力がありません。河野太郎議員が指摘したように、「特別管理秘密」というのが行政によって勝手に設定されているので、もともと私たちの知る権利は侵害されていたのです。そのことをまったく報道しないで、「特定秘密保護法」が出てきたときだけ国民の知る権利を持ち出すのでは、説得力がなくて当然です。
 
今回の「国家安全保障戦略」でも同じことがいえます。すでに教育基本法に愛国心が盛り込まれ、道徳教育の教科化が推進されるなど、国家が「個人の心に踏み込む」ということが行われているのですから、今さら「個人の心に踏み込む」などと批判しても、こちらの心には響きません。
今回の場合は、「今まで『個人の心に踏み込む』のは教育現場だけだったが、これからは一般社会でも行われることになった」とか、「これまで愛国心教育は児童生徒が対象だったが、これからはおとなも対象となった」というのが正確な表現です。
 
それから、見る角度を変えると、「安全保障や軍事の分野にも心の問題が持ち込まれた」ということになります。
これはまさに戦前のやり方です。
 
盧溝橋事件のあった1937年、第一次近衛内閣は「国民精神総動員運動」を始めました。軍事と国民の精神を結びつけることを国策として行ったのです。そして、戦いが劣勢になるにつれて国民精神に求めるものが大きくなり、最後は竹槍訓練にまで行き着きます。
また、軍事と精神を結びつけることは、軍の作戦の劣化も招きます。「大和魂」や「必勝の信念」があれば勝てるということで、無謀な作戦が実行されます。
特攻作戦もこうした精神主義がもたらしたものでしょう。
 
安倍首相ら日本のタカ派は、戦前の日本のあり方に対する反省がないので、また同じことを繰り返してしまいます。
それに、「国民精神総動員運動」というのは総力戦の時代のやり方です。安倍首相らはどういう戦争を想定しているのでしょうか。短期戦の勝敗に国民の愛国心は関係ありません。
現代の戦争は兵器の性能と兵員の技能が決定的に重要なのですから、「国家安全保障戦略」を策定する以上は、精神主義ではなく合理主義に立ってやってもらいたいものです。