2月12日にドラマ「明日、ママがいない」の第5回目の放送がありました。
これまでは虐待や里親候補家庭の欺瞞などが主に描かれてきましたが、今回は親子の絆の修復へと、ベクトルが逆になった感じがします。これはクレームがついたための路線変更というよりも、予定の展開ではないかと思います。もともと子どもたちが幸せを求める物語だからです。ただ、刺激的な場面は少なくなった気がします。
 
「明日、ママがいない」のドラマとして出来のよし悪しについては、人によって評価が違って当然です。ただ、それは今回の騒動とは関係ありません。
全国児童養護施設協議会(全養協)などがドラマの放送中止、内容変更、謝罪などを要求したのは正当か否かというのが問題の本質です。
 
ネットの世界には、“マスゴミ”はとにかく批判したいという人がいるので、そういう人は全養協に便乗して日テレ批判をするでしょうが、一般の人は全養協の主張をおかしいと思う人が多いのではないでしょうか。
 
全養協は日テレに対して「公共の場での謝罪」を要求しましたが、これについて「ヤフー意識調査」が行われています。
 
意識調査「明日ママ」公の場での謝罪は必要?
 
現時点の結果は、
「必要ない」71.1%
「必要ある」23.1%
「分からない/どちらともいえない」5.8%
となっていて、全養協の謝罪要求には否定的です。
 
しかし、私は新聞の社説や論説委員のコラムなどが全養協を批判するのを見たことがありませんし、有識者や評論家などで全養協を批判する人も見たことがありません。
芸能人などで「明日、ママがいない」を擁護する人はいますが、必ずしも全養協側を批判しているわけではありません。
 
その結果、全養協、全国里親会、慈恵病院は無人の野を行くがごとくになっています。
 
たとえば、全養協は次のようなプレスリリースを発表しています。
 
「明日、ママがいない」の放送内容について
児童養護施設で生活する子どもたちを傷つけ、
誤解や偏見を生むことを、私たちは強く危惧しています。
 
その中にこんな言葉があります。
 
施設長や職員が、こうした暴言を子どもたちに言うことは、決してありません。
 
施設長や職員が、暴力や暴言で子どもたちの恐怖心を煽り、支配・従属させることはありません。
 
田村憲久厚生労働相も「現場でも年間数十例の虐待事案がある」と国会答弁で語っていますから、これは明らかに事実に反します。
“児童養護施設健全神話”みたいなものをでっち上げて、それを前提に抗議しているわけです。
しかし、こうしたことも批判されていないようです。
 
なぜマスコミや有識者が全養協側を批判できないかというと、人権というものを理解していないからです。
 
施設の子どもの人権をもっとも侵害しているのは全養協自身です。たとえば全養協は施設の子どもを調査して、「明日、ママがいない」を視聴したあと自傷行為に及んで病院で治療を受けた子どもがいるなどの結果を発表しました。
 
「明日、ママがいない」の放送内容について
施設の子どもたちを、これ以上傷つけないでください
 
しかし、この調査は、「都道府県の本会役員に対しアンケートを実施しました」というもので、子どもに直接行ったものではありません。しかも、これはマイナスの反応ばかりが紹介されて、「おもしろかった」とか「共感した」というプラスの反応については紹介されていません。
 
さらに問題なのは、子どもは放送中止についてどう考えているかという「意見」についての調査が行われていないことです。
 
子どもの権利条約は、「子どもの意見表明権」を規定していますし、「表現の自由」も有するとしています。
 
「児童の権利に関する条約
12
 
1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
 
2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。
 
13
 
1 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
 
2 1の権利の行使については、一定の制限を課することができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。
a) 他の者の権利又は信用の尊重
b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護
 
第1回の放送直後に子どもの意見を集約できなかったのは仕方がないとして、そのあとまったく子どもの意見を聞いていないのは子どもの権利を無視しているといわざるをえません。
 
普通は放送中止に賛成する子どもがいるとは考えにくいことです。いやなら自分が見なければいいだけだからです。ただ、全養協がいうには、クラスメートから「ポスト」と呼ばれるなどして傷つく子どもがいるということなので、そういう子どもは放送中止を望むかもしれません。
 
もし多くの子どもが放送中止を望んでいて、全養協がそうした子どもの意見をバックに日テレに放送中止や内容変更を要求してきたなら、それに対して批判しにくいのは当然です。
しかし、もし多くの子どもが放送継続を望んでいて、全養協がそうした子どもの意見を無視して要求してきたなら、これは子どもの見る権利を侵害するもので、全養協の不当性は明らかです。
 
現実には、全養協は子どもの意見を調査していないので、どちらかわかりません。しかし、子どもの意見を調査しないこと自体、子どもの意見表明権を侵害するものです。
児童養護施設が舞台のドラマが放送されるか否かは、「その児童に影響を及ぼすすべての事項」に含まれることは明らかで、これについて子どもは意見表明権があります。
 
「子どもの人権」をまったく無視してテレビ局に要求する全養協と、それをまったく批判することができないマスコミや有識者。
人権小国日本の情けない姿です。