3月5日に「明日、ママがいない」の第8話がありました(次回が最終回)
今回は、「ドンキ」のママが「ドンキ」を迎えにきます。しかし、このママは「ドンキ」を幸せにできるとは思えません。
そのとき、第1話で「ポスト」が「ドンキ」に向かって言った「今日、あんたが親を捨てた日にするんだ」という言葉が生きてきます。
 
それから、「魔王」がなぜ刑事を辞めてグループホーム「コガモの家」を始めたかが明らかになります。
「魔王」は児童相談所職員の「アイス」とこんな会話をします。
 
「仕事が生きがいだったんですよね。そのあなたがどうして」
「むなしくなったからだ。人をだまし、傷つけ、果ては殺めてしまう。捕まえてみればどうだ。どんな凶悪犯でも、どこか共通しているものがある」
「それは?」
「顔が浮かばないんだ。愛する人の顔が。衝動的な事件を別にすれば、普通の人間は、愛する人の顔を思い出せれば、思いとどまる。その人を失望させ、傷つけたくない。そう思って、思いとどまれる」
「その顔を子どものうちに見つけてあげるべきだと」
「実の親、里親、両親、教師でもいい」
「愛してくれた人の顔を」
「決して裏切ることのできない顔だ」
 
今回、「魔王」は「ドンキ」のためにとても“いい人”の姿を現します。
 
全国児童養護施設協議会などが「明日、ママがいない」の放送中止を求めたのは、施設長である「魔王」が悪役だったことが大きな理由ではないかと思われました。しかし、このストーリー展開を見ると、放送中止を求めたほんとうの理由は、「魔王」がとても“いい人”だからかもしれないと思えてきました。というのは、「魔王」が“いい人”すぎて、現実の施設長や職員がみんなだめな人間に見えてしまうからです。
 
 
ところで、「発達障害と呼ばないで」(岡田尊司著)という本を読んでいたら、「ホスピタリズム」という言葉が出てきました。昔は心理学の本を読むと、ホスピタリズムという言葉が当たり前のように出てきたものですが、久しぶりに目にしました。いつのまにか死語になっていたのでしょうか。
 
ホスピタリズムというのは、施設病と訳されますが、親から引き離されて病院や施設で育った子どもに身体・知能・情緒の発達に遅れや障害の生じることをいいます。
戦後、孤児院の子どもの死亡率が高いことから、親との関わりが子どもの発達に重要であることが認識されて発見された病気です。
 
ですから、現在の児童養護施設においてもホスピタリズムがあることは当然考えられるわけですし、それをどう克服していくかが児童養護施設における最大の課題であるに違いありません。
 
それを考えると、全国児童養護施設協議会は「明日、ママがいない」の放送中止を求めるのではなく、これを機会に児童養護施設の充実を社会に対して訴えるべきだったでしょう。
 
また、今回の騒動において、マスコミや有識者から児童養護施設の改善をはかるべきだという意見はほとんど出なかったように思います。多くの人の頭にホスピタリズムという言葉がなかったのでしょう。やはりホスピタリズムは死語と化していると思われます。
 
その理由は、「発達障害と呼ばないで」という本から類推することができます。
 
「発達障害と呼ばないで」という本は最初、自閉症やADHD(注意欠陥/多動性障害)などの発達障害が最近増加しているのはなぜかという疑問を提起します。
 
最近、自閉症やADHDなどがよく話題になると感じている人は多いでしょう。「おとなの発達障害」という言葉もよくいわれます。
実際、自閉症やADHDと診断される件数が増え続けているそうです。
自閉症やADHDは主に遺伝要因によって発症するとされる病気です。とすると、その件数が増えるというのはおかしな話です。
 
最近、みんなが自閉症やADHDについての知識を持つようになり、多くの人が医師の診察を求めるようになったので、今まで見逃されていたものが表面化してきたのだということは当然考えられます。しかし、もともと見逃されにくい知的障害を伴う自閉症がイギリスの調査で4年間で35%も増えるなど、実際に増えているというデータがいくつもあるといいます。
 
著者は、自閉症やADHDは遺伝要因だけで発症するのではなく、親の養育態度という環境要因によっても発症するといいます。また、親の養育態度によって発症する「愛着障害」も、自閉症やADHDなどの「発達障害」という診断名がつけられているといいます。
 
つまり、遺伝的要因は今も昔も変わらないが、親の養育態度という環境要因が変化して、「発達障害」と診断される件数が増えているというわけです。
 
では、なぜ「愛着障害」と診断されるべきものが「発達障害」という診断名になってしまっているかというと、親は子どもが「愛着障害」と診断されると、自分の育て方が悪かったということで傷ついてしまいますが、「発達障害」と診断されると親は免責されるので、「発達障害」と診断されるケースが増えているというわけです。
 
「親が悪い」というわけにいかないので、代わりに「子どもが悪い(子どもは「発達障害」だ)」といっているわけです。
 
ホスピタリズムという言葉が死語になったのも、「施設が悪い」というわけにいかないからでしょう。
 
子どものことよりも親や施設が優先されているのが今の世の中です。