自分がブログを書いていると、ほかのブロガーも気になるものですが、中でもいちばん気になるのがイケダハヤト氏です。
イケダハヤト氏が「なぜ僕は『炎上』を恐れないのか」(光文社新書)という本を出したので読んでみました。
 
イケダハヤト氏はとにかくよく「炎上」する人のようです。
たとえば最近では、201310月、記録的な勢力を持つ台風が東京に上陸しようとしていたとき、こんなときに会社が従業員に出社を求めるのはよくないという記事を書きました。
 
10年に1度の台風」のなか、社員に出社させる会社は「ブラック企業」だ
 
この記事が炎上したそうです。
主張していることはまっとうだと思います。ただ、個人よりも企業優先の風土がある日本ではあまりない発想です。それに、「ブラック企業」という決めつけに反発した人も多いでしょう(私にとっては、これぐらい刺激的なタイトルをつけたほうがいいのかと勉強になりましたが)
 
私がイケダハヤト氏のブログに注目するようになったのは、「BLOGOS」に載った次の記事がきっかけです。
 
たかが挨拶ぐらい、できなくてもいいんじゃない?
 
挨拶はたいせつだというのが社会常識ですから、これも炎上したことでしょう。現時点で142のコメントが寄せられていますが、ざっとその9割が批判的な意見です(常識に反する意見を言うときはつい身構えてしまうものですが、「たかが挨拶ぐらい、できなくてもいいんじゃない?」と軽いタイトルになっているのが逆に刺激的で、これも勉強になります)
 
なぜ挨拶ができなくていいかという論理構成は私と若干違うのですが、それでも基本的には私と同じ考えです。
 
イケダハヤト氏は2013年の夏ごろ、コンビニの従業員がアイスクリームの冷凍ケースの中に入った写真をウェブ上にアップして炎上した出来事をきっかけに同様の出来事が連続したとき、この程度の「バカ」はみんな若いころにやってきたはずで、それを見つけて騒ぐほうがよりバカだという主張をしました。私も同じ考えですが、これもかなり少数派の意見です。
 
イケダハヤト氏はどうしてこうした考えを持つようになったのかに興味があって、「なぜ僕は『炎上』を恐れないのか」を読んでみたわけです。
 
イケダハヤト氏は1986年、神奈川県の生まれで、今年28歳です。
子どものころはこんな様子でした。
 
特に小学生の頃は、自分の容姿にも、能力にも、体力にも自信を持つことができなかったため、人一倍シャイで、臆病で、人前で何かをすることを常に恐れていました。
新しい友だちを作るのも苦手で、クラス替えのたびに憂うつな気分になったことを覚えています。特に、女子と話すことは、19歳のときにいまの妻と出会うまで、苦手であり続けました(不思議なほど気が合う妻と出会えたのは、本当に運がよかったです)
 
要するにイジメられやすいタイプでしょう。しかし、彼はゲームに人一倍のめり込み、「クラスで一番ゲームに詳しい人間」というポジションを獲得します。そして、中学に入学したときに父親に入学祝いとしてパソコンを買ってもらい、すぐに自分のホームページを開設し、サイト運営に習熟します。暗記が得意という能力を生かして受験勉強もがんばり(受験の戦略と勉強のやり方についてかなりのページがさかれています)、早稲田大学政経学部に現役合格します。
そして、大企業に就職するのですが、ここはイケダハヤト氏には合わなかったようです。
 
ぼくがその空気に気づき、「あ、ヤバイかも」と感じ始めたのは、入社後1カ月間の新人研修を終え、部署に配属された初日という至極早い段階でした。
配属後、部長からまず伝えられたことは、「君の仕事は電話を取ることからだ。3コール以内に電話を取るのを目標にしなさい」という命令でした。
ぼくは電話が嫌いです。対面ですら人と話すことが苦手なのに、顔が見えない相手と回線経由でリアルタイムに話すなんて、激しくハイレベルです。メールでいいじゃないですか。ぼく、声も低いですし、ぼそぼそ話しますし……。
「何を大げさな」と思われるかもしれませんが、ぼくは、ほんっとに、電話が苦手なんです。かといって、さすがに「いや、自分苦手なんで無理です」と断ることができるような空気は、「会社」というコミュニティには、一切存在していませんでした。
電話が鳴るたびに心臓がドキッと飛び跳ね、心拍数MAXで受話器を取り、上司に取り次ごうとしたのはいいけれど、内線の回し方がわからずそのまま電話を切ってしまい、電話相手に迷惑を掛ける……。ほとんどトラウマ的な思い出です。いまも電話は嫌いなので、みなさん、ぼくによほどのことがないかぎりは電話しないでください。
 
イケダハヤト氏は会社の飲み会も苦手で、「会社員不適合者」でした。そうしたサラリーマン生活で癒しを与えてくれたものが、中学生以来の趣味である「ブログの執筆」だったのです。
イケダハヤト氏は会社でウェブマーケティングを担当していて、自分のブログでウェブマーケティングについて書くと好評を博したといいますから、会社員としてもある程度優秀だったのでしょう。
しかし、業界の先輩たちからは「イケダハヤトはマーケティングという単語を使うな」とか「何の経験もないのに偉そうに広告を語るな」と批判され、業界人の集まる飲み会に引っ張り出されて、一方的に攻撃を受けて帰ってくるということもあったそうです。
 
つまり、ウェブでは評価されるが、リアルでは攻撃されるということで、結局イケダハヤト氏はウェブのほうに力を入れ、今では会社員をやめて「一流ブロガー」の地位を確立したというわけです。
本書のサブタイトルは「年500万円稼ぐプロブロガーの仕事術」となっています。
 
本書は一応、ウェブで成功するためのハウツー本という体裁にもなっていて、イケダハヤト氏は成功のための三つの条件を挙げています。
 
1、ひとつのことに「情熱」を持つ
2、それに圧倒的な時間をかける
3、効率性を追求する
 
しかし、これを心がければ誰でも成功できるというものではありません。イケダハヤト氏が成功したのは、明らかに人よりも優れた能力を持っていたからです。クラスでいちばんゲームに詳しい人間になったものそうですし、早稲田大学政経学部に入ったのもそうです。むしろ本書を読んで感じるのは、ウェブで成功するための才能を持って生まれた人間がいるのだなあということです。
 
私は本書を読むことで、イケダハヤト氏が独自の思想を形成した理由がわかりました。
イケダハヤト氏は「会社員不適合者」でしたから、企業の論理に批判的です。そのため、『「10年に1度の台風」のなか、社員に出社させる会社は「ブラック企業」だ』ということが言えるわけです。
また、企業はタテ社会ですから、それに対する反発から、「たかが挨拶ぐらい、できなくてもいいんじゃない?」ということも言えるわけです。
 
ということは、イケダハヤト氏の思想はもっぱら個人的体験に基づいていて、普遍的な原理に結びついていないということになります。それも炎上しやすいひとつの理由でしょう。
 
たとえばイケダハヤト氏は「炎上を恐れるな」と言いますが、ヘイトスピーチをする人が炎上を恐れなくなると困ります。
ヘイトスピーチをする人は「日本を裏で支配する在日と戦う自分」を正義だと思っています。イケダハヤト氏は「台風の中で社員を出社させるブラック企業を批判する自分」を正義だと思っています。この両者の違いを明確にしていないので、「炎上を恐れるな」という主張そのものに説得力がありません。
 
イケダハヤト氏は“コミュ障”気味の性格で、学校では一歩間違うとイジメられっ子になっていたかもしれませんし、企業社会にもなじめませんでしたが、幸い能力に恵まれていたためにネットの世界に居所を見つけることができました。
もちろんこうした勝ち組は少数派です。
おバカなバイト店員を見つけて炎上させているような人は、ネットにおける負け組でしょう(極端な例では、「ネオむぎ茶」のハンドルネームを持っていた西鉄バスジャック事件の犯人である少年、秋葉原通り魔事件の犯人である加藤智大、最近では逮捕されるときに「ヤフーチャット万歳!」と叫んだ柏市通り魔事件の容疑者である竹井聖寿などもネットに居所を見つけようとして失敗した人たちでしょう)。
イケダハヤト氏のような勝ち組は、負け組が束になってきても怖くないのは当然です。
 
ネット社会の力学についてもいろいろと考えさせられる本でした。