安倍政権のおかげで「道徳とはなにか」という基本的な問題が表面化してきました。これをきっかけに道徳について考えを深めたいものです。
 
安倍政権及び自民党は「道徳国家」の建設を目指しているようです。
自民党の改憲草案にはこんな言葉が入っています。
 
和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って」
「自由と規律を重んじ」
「良き伝統」
「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」
「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」
「家族は、互いに助け合わなければならない」
 
日本国民に道徳を説くとは、自民党は日本国民の上に君臨しているつもりなのでしょう。
しかし、これは今に始まったことではありません。田中角栄首相のときにもありました。
 
田中角栄が首相になった当時は、それまで官僚臭の強かった佐藤栄作内閣が長く続いた反動もあって、「平民宰相」「今太閤」と呼ばれて、圧倒的な人気でした。そして、田中首相はあまりの人気に調子に乗ってしまったのでしょう。国民に「五つの大切、十の反省」なる道徳を説きました。
 
「五つの大切、十の反省」
 五つの大切 
①人間を大切にしよう。
②自然を大切にしよう。
③時間を大切にしよう。
④モノを大切にしよう。
⑤国、社会を大切にしよう。
 十の反省
①友達と仲良くしただろうか。
②お年よりに親切だっただろうか。                      
③弱いものいじめをしなかっただろうか。
④生き物や草花を大事にしただろうか。
⑤約束は守っただろうか。
⑥交通ルールは守っただろうか。
⑦親や先生など、ひとの意見をよく聞いただろうか。
⑧食べ物に好き嫌いを言わなかっただろうか。
⑨ひとに迷惑をかけなかっただろうか。
⑩正しいことに勇気をもって行動しただろうか。
 
これは一応子ども向けの体裁になっていますが、学校教育で使うためではなく、国民全員に対して発表されたので、国民の総スカンを食いました。誰でも人から道徳を説かれるのは不愉快です。
今となっては「五つの大切、十の反省」を思い出す人もいないでしょう。
 
そして、安倍政権は学校における道徳の教科化を打ち出し、すでに小中学校に道徳用教材の「私たちの道徳」を配布していますが、これはあくまで学校教育内のことです。そのため国民もあまり反対していません。
 
しかし、国会でこんな動きがありました。
 
「道徳議連」6月発足 超党派、教科化を後押し
2014.5.11 08:21
 人格教育の重要性を訴える超党派の「人格教育向上議員連盟(仮称)」(会長・下村博文文部科学相)が6月上旬にも発足することが10日、分かった。明治23年に発布された教育勅語を参考として教育のあり方を根本から見つめ直し、政府内にある道徳の教科化の動きを後押しする狙いだ。
 
 議連には下村氏のほか、民主党の笠浩史元文科副大臣、日本維新の会の中田宏国対委員長代理らが参加する。13日にも準備会合を開き、教育問題に精通した保守系議員を中心に100人規模での発足を目指している。
 
 政府は今年2月の中央教育審議会(中教審)総会で、道徳の授業を小中学校の正式な教科にするよう諮問しており、秋までに答申が出る見通しだ。議連発起人の一人は「子供のときは、知識の詰め込みよりも人格、教養を高めていくべきだ」として、道徳の教科化の必要性を訴えている。
 
 議連が着目するのは、教育勅語に記されている「兄弟・姉妹は仲良くしましょう」「人格の向上に努めましょう」などの12の徳目。下村氏は「今でも十分に通用し、中身は普遍性がある」と語っている。議連では教育勅語の精神を道徳教育にどう生かすについても議論する考えだ。
 
 また「親のモラル低下も最近の教育問題の一つ」(議連関係者)として、規範意識を親世代にも浸透させるために道徳教育への親の参加の是非などに関しても意見交換する予定だ。
 
要するに教育勅語を復活させようという動きのようです。
 
教育勅語というのは、教育の場だけのものではありません。「夫婦相和シ」とか「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」とかあるように、おとなとしての生き方も示しています。
ですから、教育勅語が復活したら、おとなもそれに縛られることになります。
現に記事の中にも「親のモラル低下」とか「規範意識を親世代にも浸透させる」という言葉が出てきます。
 
そもそも、現代に教育勅語を復活させようというのはおかしな話です。というのは、教育勅語は1948年に国会で排除ないし失効が決議されているからです。
新たに勅語を出すのなら、今上天皇のお言葉として出すことになります。
勅語という形式をとらないにしても、今上天皇の了解なしに明治天皇の言葉を復活させるのは、今上天皇をおろそかにする行為です。
そして、私の考えでは、今上天皇は教育勅語的な考えをまったく持たない方ですから、教育勅語や教育勅語的なものを復活させることに賛成なさるはずがありません。
 
いずれにせよ、「道徳議連」の議員たちは天皇の権威を利用しようとしており、これは「天皇の政治利用」にほかなりません。
 
天皇の権威を利用してまで人に道徳を説こうとするのは愚かなことです。
「自分がされていやなことは人にしてはいけない」というのは道徳の基本です。
自民党や「道徳議連」の議員たちは、自分が人から道徳を説かれるとどんな気持ちがするかを考えるべきです。