マンガ「美味しんぼ」に原発事故と鼻血を関連づける描写があることで大きな騒ぎになっています。
私はそのマンガは読んでいませんし、気の利いた見解をのべることもできないと思って静観していましたが、これだけ騒ぎが大きくなると、騒ぎについてひと言いいたくなりました。
 
直接関連する福島県双葉町、福島県、大阪府、大阪市などが抗議するのはわからなくないとしても、政治家までがやたらコメントしています。私が把握しているだけでもこれだけいます。
 
菅義偉官房長官
根本匠復興相
森雅子消費者相
太田昭宏国土交通相
下村博文文部科学相
石原伸晃環境相
浮島智子環境省政務官
小泉進次郎復興大臣政務官
片山さつき参議院議員
 
たかがマンガにこれだけの政治家が口を出すのはまさに異常事態といわねばなりません。
 
わたしがひとつ思ったのは、ドラマ「明日、ママがいない」との類似です。
「明日ママ」は児童養護施設を舞台にしたドラマです。おそらくこのドラマが人気になって児童養護施設に対する関心が高まると困る人たちがいたのでしょう。厚労省管轄下の団体などが放送中止を求めて抗議をし、それによって児童養護施設のタブー化がある程度成功しました。
それに味をしめたというか、見習ったというか、同じように抗議すれば問題をタブー化できると思った人たちがいたのでしょう。
テレビドラマもマンガも低俗とされるメディアで、攻撃しやすい点では共通しています。
 
それからもうひとつ思ったのは、イラク戦争当時に日本人3人が人質になった事件との類似です。
あの人質事件も異常な騒がれ方でした(今回の数倍か十数倍の規模でしょう)
当時、日本は「自衛隊のいるところは非戦闘地域だ」というむりな理屈をつけてまでサマワに自衛隊を派遣し、ビンラディンから攻撃対象として名指しされていました。もし人質が殺されでもしたら、自衛隊派遣を決定した日本政府に非難が向く可能性が大です。そうならないように、自衛隊派遣に賛成した人はあらかじめ人質が悪いのだと決めつけておきたかったのでしょう。というか、そういう計算以前に、単に自分の中のやましい思いを人質に転嫁していたのでしょう。
 
今回は、福島県には汚染地域に住んでいる人がたくさんいます。一応安全だということになっていますが、ほんとうに安全かというと、誰もが大なり小なりの不安を持っています。そうした不安を解消するために「美味しんぼ」を非難しているという面があると思われます。
また、政治家はみんなやましいわけです。放射線の健康被害について確証のある人などいません。そうしたやましさが「美味しんぼ」批判へ向かわせるのでしょう。
 
 
今、問題になっているのは放射線と鼻血の関係です。
低線量でも鼻血が出るという説もありますが、あまり一般的ではないようです。
しかし、興奮したりストレスを感じたりしたときに鼻血が出るのは誰もが経験していることです。「放射線の恐怖」というストレスにさらされた人が鼻血を出すのは十分にありうることです。また、原発事故直後に不慣れな避難生活を強いられた人が鼻血を出すということもよくあったでしょう。そうした鼻血が放射線のためと理解されても不思議ではありませんから、マンガの中にそういう描写があるのはある意味当然です。
ただ、科学的に放射線が鼻血の原因かというと、多くの人がそうではないと思うでしょう。
ですから、ここの部分が集中的に攻撃されることになります。
 
しかし、鼻血の原因が放射線か否かというのは小さな問題ですし、ひとつのマンガが鼻血の原因は放射線だという立場を取ったところで、多くの政治家がコメントするようなことではありません。
 
しかし、現実に大きな騒ぎになっているということは、「鼻血の原因が放射線だというのは科学的におかしい」ということを攻撃することによって、健康不安ややましさの解消をはかろうとしている人が多いのでしょう。
「美味しんぼ」はこれまでたとえば食品添加物や遺伝子組み換え作物の健康被害の問題を取り上げ、間違いがあると抗議されたことは何度もありましたが、それが社会的な騒ぎになったことは一度もありません。今回だけ騒ぎになっているのは、放射線の健康被害については不安ややましさを感じている人がひじょうに多いからとしか理解できません。
 
「美味しんぼ」の鼻血の描写で風評被害が起きていると言われますが、それは旅館が予約のキャンセルにあったというようなことで、所詮はお金の問題です(しかもキャンセルと「美味しんぼの」の関係も定かではありません)
一方、「美味しんぼ」が一貫して追求しているのは食の問題で、食は健康や命と直結しています。
健康や命の問題よりもお金の問題を優先させるような議論もおかしなものです。
 
「美味しんぼ」の一部の描写がおかしいか否かということよりも、福島県民の健康はどうなっているのかということのほうが圧倒的に大きな問題です。
問題の重要度をまったく無視した議論が行われていると感じます。