「美味しんぼ」の鼻血問題をどうとらえるかで、その人の政治的立場がある程度わかります。
原作者の雁屋哲氏はもちろん左翼です。というか、極左です。あまりに過激な主張のため騒ぎになってしまいましたし、普通の左翼の人もついていけないかもしれません。
 
「美味しんぼ」は食を扱うマンガです。そして、どんな食べ物を選ぶかで政治思想がわかると主張するのが「フード左翼とフード右翼」(速水健朗著)という本です。
 
資本主義対社会主義という対立軸がなくなっても、右翼対左翼という概念はいまだに生きています。今の左翼は社会主義を目指しているわけでもなさそうなのに、なにをもって左翼というのでしょうか。
ここに食の選び方をもってきたのが「フード左翼とフード右翼」の着眼点の素晴らしさです。
 
たとえば2011年、「ウォール街を占拠せよ」というデモが盛り上がりました。「われわれは99パーセントだ」というのがスローガンで、アメリカでは1パーセントの富裕層がアメリカ全体の資産の3分の1を所有しているという格差社会に抗議しました。
デモ参加者はズコッティ公園にテントを張って生活していましたが、長期にわたる占拠中に彼らはなにを食べていたのでしょうか。
「ニューヨーク・ポスト」紙は、ある日のディナーはこういうものだと紹介しました。
 
「根菜、パセリ、ローズマリーの入ったオーガニックなチキンスープ。羊のミルクからつくったチーズとチミチェリー・ソースに、少しばかりのニンニクを添えたサラダ。スパゲッティ。玄米。豆類。そして、イサカの生協から寄与された、デザートのナッツとバナナ・チップス」
 
なんとも自然志向、健康志向な食べ物です。
 
占拠デモの人たちは、牧師が運営する貧困層のための無料食堂のキッチンを借りて、平日で1500人分、休日で3000人分の食料を供給したといいます。
さらに彼らは、クレジット・カードで支払いができてデリバリー・サービスに対応しているレストランのリストをネット上に公表しました。そうすると世界中からデモ隊への差し入れの注文が舞い込みました。こうしたITを駆使した闘争を展開したのは、一流大学のリベラル派の大学生たちです。
また、全米各地の小規模な有機農業農家や卸売業者など有機農法に関わる人たちから新鮮な収穫物が届きました。
 
こうした運動の展開を見ていると、「フード左翼」という概念でくくりたくなるのもわかります。
 
ただ、こうした自然志向、健康志向の食べ物を食べるのは貧困層ではありません。ウォール街占拠デモの参加者は「豊かな側の2パーセント」に入る人たちだともいわれます。
つまり「フード左翼」対「フード右翼」というのは、資本主義対社会主義でもないし、富裕層対貧困層でもないということです。
 
本書によると、「フード左翼」と「フード右翼」はこのように分類されます。
 
フード左翼=有機農業、反農薬、反化学肥料、反遺伝子組み換え作物、ベジタリアン、地産地消、スローフード運動
 
フード右翼=ファストフード、ジャンクフード、メガ盛り、B級グルメ、コンビニ弁当、農薬つきの安い野菜、冷凍食品
 
このような食べ物の選択がなぜ政治的・社会的な立場に結びつくのかは、歴史を振り返ってみるとよくわかるようです。
 
本書によると、フード左翼の起源のひとつはアメリカの有名レストラン「シェ・パニース」であり、創業者のアリス・ウォーターズは「どう食べるかは政治的なことである」と述べています。
 
アリスは1971年、カリフォルニアのバークレーという場所でシェ・パニースを開業しました。当時のバークレーは反体制運動やヒッピーであふれていました。彼女の出身校であるカリフォルニア大学バークレー校は当時も今も反体制的な学生運動が盛んに行われる大学ですが、彼女は政治運動に積極的に参加したわけではなく、フランスに長期留学し、そのときにフランス料理に魅せられ、それでレストランを開業したのです。
彼女の集めたスタッフはみな素人同然の大学生やヒッピーでしたから、開業当時のシェ・パニースの厨房ではシェフたちがマリファナを吸い、レッド・ツェッペリンがガンガン鳴っていたということです。
アリスが目指したのは、フランスの田舎町にあった、地元で採れた新鮮な食材を使った料理を出すレストランです。そのためアリスはみずから地元の農家を回り、新鮮で旬な食材を探し回りました。そして、地元の農家もしだいに彼女の求める有機栽培の農産物をつくるようになり、彼女自身も有機栽培農園を運営します。
 
当時のアメリカは、大規模農業でつくられた農産物が大工場で加工され、全国のスーパーマーケットに配送されるという、もっとも効率的なシステムになっていました。そうした中でアリスのレストランは、まったく別の価値観を提示し、アメリカ社会に対する政治的批判となったのです。
そして、こうした動きがどんどん拡大し、1990年には有機食品生産法が施行され、有機食品の表示基準が制定されます。「フード左翼」がアメリカでも一定の勢力を持つようになったといえるでしょう。
 
 
スローフード運動も「フード左翼」の代表的な運動です。
 
スローフード運動の母体となったのは、イタリアのピエモンテ州ランゲ地方の小さな町にある地元ワインの愛好協会です。彼らは左派系新聞のグルメページから生まれたグループで、スローフードというキャッチフレーズを用いて、地元の伝統的食文化を守るキャンペーンを打ち出していきますが、1986年にローマ市内のスペイン広場にマクドナルドのイタリア1号店ができたことに対する抗議運動を行って、反グローバル運動という観点からも世界の注目を集めました。
そして、彼らは「スローフード宣言」を訴えます。その中身を要約すると、
「素材とその文化を学ぶこと」
「環境破壊から農作物を守ること」
「正当な価格に見合った品質を伝える」
「食べる喜びの探求」
ということになるそうです。
 
アメリカにおいては反体制的な運動から「フード左翼」が生まれ、イタリアでは反グローバリズムから「フード左翼」が生まれたというわけです。
 
資本主義はつねに効率を追求しながら発展してきましたが、「フード左翼」が目指す自然志向、健康志向は効率第一主義とは別の価値観です。そういう意味で「フード左翼」は新しい形の反資本主義運動ということもいえるようです。
 
「フード左翼とフード右翼」の著者の速水健朗氏は「ラーメンと愛国」を書いた人で、もともとは「フード右翼」であったようですが、本書執筆のために取材する過程で“転向”して、今では「フード左翼」になったそうです。
 
昔、若いときは左翼で、年を取ると右翼になるというのがよくありましたが、速水健朗氏によると、「フード右翼」から「フード左翼」への転向はあっても、その逆はありえないということです。
年を取るとともに健康な生活に目覚める人はいますが、不健康な生活に目覚める人はいないということでしょう。
 
有機農産物は高価なので、まだ「フード左翼」の実数はそんなに多くないでしょうが、今後はさらにふえると思われます。
 
 
こういう観点から、「美味しんぼ」は極左であることがわかります。
また、「フード左翼とフード右翼」には原発のことはまったく触れられていませんが、自然志向、健康志向の「フード左翼」が反原発であるのは明らかです。
 
本書は「フード左翼とフード右翼」というタイトルに反して、内容の9割は「フード左翼」について書かれていて、「フード右翼」についての記述は1割ぐらいしかありません。
 
私の理解によると、「フード右翼」というのは、目先の欲望に駆られて生きている人たちです。ファストフード、ジャンクフードは、とりあえず食べると満足が得られます。ただ長期的な視点では不健康になります。
 
原発稼働を主張する人たちも、目先の利益のためだけを考えて主張しているようです。
 
「フード左翼」と「フード右翼」という観点から世の中を見ると、いろんなことがわかってくる気がします。