「インチキ科学の解読法」(マーティン・ガードナー著)という本を読んでいたら、「人食い人種」についての話がありました。
「人食い人種」のことなど、今の時代に取り上げる意味などないだろうと思われるかもしれませんが、私はむしろ今の日本にとって参考になることが大いにあると思いました。
 
「人食い人種」という言葉は日本では死語だと思いますが、欧米では必ずしもそうではないようです。
この本の原著は2000年にアメリカで出版されているのですが、中にこんな記述があります。
 
文化人類学で最近、もっとも激しい議論の的になっているのが食人の風習ではなかろうか。人食いは過去に広く行われていた風習で、今でも世界のどこか、知られざる僻地で盛んに行われていると、大部分の人類学者は信じている。このような考えを支持する論文は何百とあり、エリ・セーガンの『食人』(一九七四年)やギャリー・ホッグの『食人と生贄』(一九七三年)のような一般向けの本でも紹介されている。
(中略)
現在の人類学の教科書をアトランダムに調べてみると、ほとんどの著者が、食人の習慣は、アフリカ、南米、オセアニアの島々に棲む原始的な種族のあいだで、かつて一般的であっただけでなく、現在も残っている、とあたりまえのように認めている。信望の厚い人類学者マービン・ハリスは『人食い人種と王』(一九九一年)の中で、メキシコのアステカ族のあいだでは、食人習慣は、必要なタンパク質を大量に得るための手段であったと主張している。
 
極限的な飢餓状態のときにやむなく人肉を食うということはあるでしょうし、たとえば戦いのあと敵のリーダーの肉を儀式的に食うというようなこともあるかもしれませんが、ここで取り上げているのは、ほかの部族の人間を狩って食料にするというような食人習慣のことです。
 
そのような食人習慣はないと主張する人類学者もいましたが、少数派でした。しかし、ニューヨーク州立大学の人類学者ウィリアム・アレンズが1979年、「人食い神話――人類学と食人習慣」という本で食人習慣は捏造されたものだと主張して、激しい論争が巻き起こりました。
アレンズは食人習慣がどのように捏造されたかについてこのように主張します。
 
人食い人種(カニバル cannibal)という語は、かつてコロンブスが遭遇した西インド諸島と南米の原住民の名(カリブ Carib)に由来する。コロンブスは、日誌に、カリブ族は人食い人種であると書いている。なぜか。その理由は、コロンブスがそのことをカリブ族の隣の住民アラワック族から聞いたからだ。マーガレット・ミードは、どうやってニューギニアのムンドゥグモール族が人食い人種であることを知ったのか。“おとなしいアラペシュ族”がそう言ったから、である。
アレンズは、ある文化が他の文化に食人習慣の汚名を着せる数多くの例証を挙げている。古代の中国人は、朝鮮人を人食い人種だと考えていた。朝鮮人は朝鮮人で、中国人をそう思っていた。アステカ族は、征服者のスペイン人は人を食べると言いふらした。一方、ありとあらゆる本を書いた征服者たちは、もちろん、アステカ族を人食い人種に仕立てた張本人である。アレンズがタンザニアでフィールドワークをしていたとき、そこの原住民は、ヨーロッパ人は人食い人種にちがいないと彼に言った。
 
実は、今でも食人習慣はあるのかないのかについて論争が続いているようです。ですから、「インチキ科学の解読法」という本でも、はっきりとは結論を出していません(著者のマーティン・ガードナーは有名な科学ライターだそうです)
しかし、次のくだりを読めば、自分で判断できるのではないでしょうか。
 
食人習慣については膨大な文献があるが、ひじょうに不思議なのは、本人による直接の報告がないことである。人間を食べる儀式を実際に見たことのある人類学者は、一人もいない。現場を撮った写真も、一枚もない。アレンズは「人食い人種は常にわれわれといっしょにいるが、幸いなことに、直接見る可能性はまったくない」と書いている。
 
昔のコメディ映画には、主人公が人食い人種に捕まって大釜で茹でられそうになるという場面がよくありましたし、マンガでもこの場面はよく描かれます。
このような描かれ方をするということは、これが本当ではないということをみんな無意識のうちに知っているからではないかとも思われます。
 
私自身は、進化生物学からも食人習慣はありえないと思います。ある程度高等な動物では、共食いをしていては子孫の数をふやせませんし、感染症が広がる恐れもあります。
だから、食人は人類にとって本能的なタブーであり、だからこそ相手を人食いと決めつけることは最大限に相手をおとしめることになるわけです(近親相姦も本能的なタブーですから、マザーファッカーという言葉も最大限に相手をおとしめる言葉として使われています)
 
 
そこで、現在の日本の話になるのですが、ネットの中では、韓国人をおとしめるために食糞習慣があるとか、人糞からつくった酒を飲んでいるということが盛んに言われています。これは、今では食人習慣があるといって他民族をおとしめようとしても誰も信じないので、代わりに食糞習慣を持ってきているのだと考えられます。
嘘をついてまでも隣の部族や隣の民族をおとしめようとすることでは、今も昔も変わらないようです。
 
それから、欧米人はこれまで未開人をひどく蔑視してきましたが、いまだに人食い人種論争が行われているとすると、未開人への蔑視はまだまだ続いていることになります。
黒人奴隷制度ももちろん、黒人と未開人に対する蔑視から生まれたものです。
帝国主義や植民地主義も、欧米人の人種差別意識が根底にありますし、欧米人はいまだに植民地支配について明確な謝罪をしていません。
 
そうした中で、安倍政権は集団的自衛権行使によって、欧米諸国の側に立って途上国差別をやろうとしているわけです。
これはまったく国益にならないどころか、逆に今まであった途上国からの尊敬を失い、さらにはテロの対象になる可能性もあります。
 
もしどうしても集団的自衛権を行使しなければならないとしたら、途上国の側に立つほうに正義があるはずです。