テレビのニュースで集団的自衛権を取り上げると、たちまち視聴率が下がるそうです。
アメリカの軍艦に日本人の母子が乗っていて、アメリカが自力で守れないので日本に救助要請がくる――というようなありえない例を持ち出すことも理由のひとつでしょうが、そもそも集団的自衛権という概念がわかりにくいことが大きな理由だと思われます。
 
そうしたことはマスコミも感じているのでしょう。朝日新聞が「やさしい言葉でいっしょに考える 集団的自衛権」という解説記事を載せています。
 
やさしい言葉で一緒に考える 集団的自衛権
 
しかし、これを読んでも、わかりにくいことは同じです。確かに表現はわかりやすいのですが、そのために、「わかりにくいことがよくわかった」という結果になっています。
たとえば、冒頭の部分を引用してみます。
 
Q そもそも集団的自衛権がわからない。何のこと?
 
 A 自分の国と密接な関係にあるよその国が攻撃された時、自分の国が攻められていなくても、よその国を助けて反撃する権利だよ。
 
要するに「攻撃」と「反撃」がキーワードになっています。しかし、これは「自衛」とはまったく別の概念です。だから、わからないのです。
 
たとえば、「窮鼠、猫を噛む」という言葉があります。
もともとはネコがネズミを追い詰めたわけですが、その瞬間だけをとらえれば、ネズミがネコを「攻撃」していることになります。ネコを助けてネズミに「反撃」する――などといえば、聞いている人は混乱します。
それとまったく同じことが集団的自衛権の論議で起きているので、多くの人は理解できないのです。
 
「攻撃」と「反撃」(あるいは「防御」)というのは、表面的な現象です。殺し殺される戦争をそんな表面的なとらえ方で論じるのはあまりにも愚かです。理解できない一般国民のほうがむしろまともです。
 
戦争というのは単純にいって、侵略戦争、防衛戦争、国境紛争の三つに分けられます。これは動物のなわばりを巡る行動と同じですから、よくわかるはずです。
 
動物においては、個体によってなわばりの認識が違う場合、互いに争うことでなわばりを確定させます。これをなわばり争いといい、人間の場合は国境紛争というわけです。
 
動物はたいていの場合、むだな争いをさけるため互いになわばりを尊重して生きていますが、ときにほかの個体のなわばりに侵入して食べ物を探したりすることがあります。この場合、侵入者は警戒しながらこそこそと入っていき、なわばり主は見つけ次第、攻撃して撃退します。これが侵略戦争であり、防衛戦争です(侵入者は、どちらが強いかに関わらず撃退されます)
これを「攻撃」という現象面でとらえると、防衛戦争をしているほうが攻撃しているわけですから、混乱します。
 
ちなみにコンラート・ローレンツも「攻撃――悪の自然史」という本で、動物のなわばりを巡る争いを「侵略」と「防衛」ではなく、もっぱら「攻撃」という現象面でとらえて論じているので、わけのわからないことになっていますし、最終的に、人間には動物と同じ本能的な攻撃性があるので、平和の実現は困難であるという結論に導かれてしまいます。
 
集団的自衛権の論議も、「攻撃」とか「反撃」とかいっている限り、わけがわからないのは当然です。
「侵略」と「防衛」でとらえるとわかりやすくなります。
 
たとえば、日本が侵略されたときアメリカが防衛の助けをしてくれて、アメリカが侵略されたとき日本がアメリカの防衛の助けをする――これが集団的自衛権だ、と説明するとわかりやすいでしょう。
つまり、一国では防衛できないので、二国が助け合っていっしょに防衛するというわけです。
 
しかし、今の集団的自衛権の論議は、それとはまったく違います。
そもそもアメリカは侵略されたときに助けを必要とする国ではありません(というか、アメリカの領土が侵略されるということが考えられない)
アメリカがたとえば中東で軍事行動をしているとき、攻撃されれば日本もいっしょに反撃するというような話をしているわけです。
 
では、なぜアメリカが中東に軍事的プレゼンスを持っているかというと、自国の防衛のためではありません。一応イスラエルやサウジアラビアとの集団的自衛権で説明されるのでしょうが、実際はアメリカとイスラエルとの精神的絆や反イスラム主義や石油利権のためと考えられます。とすると、日本の出る幕ではありません。
 
まだ冷戦時代であれば共産主義圏対自由主義圏という構図で、たとえばベトナムが共産化されると周辺国も次々と共産化され(ドミノ理論)、日本にも危機が及ぶので、集団的自衛権行使としてアメリカのベトナム戦争に日本が参加するという理屈がありえましたが、冷戦がなくなれば、アメリカの軍事行動に日本がついていく理屈もなくなります。
 
NATO諸国はアメリカを助けるためにアフガニスタンに軍隊を派遣していますが、これはみずから望んでやっているわけではなく、アメリカから要請されてしかたなくやっているのでしょう。
日本がみずから望んで同じ立場に立とうとするのは、まったく理解できないことです。
 
 
ところで、朝日新聞の「やさしい言葉でいっしょに考える 集団的自衛権」という解説記事には、個別的自衛権についてこう説明されています。
 
 Q じゃあ個別的自衛権とは?
 
 A 自分の国の軍隊で自分の国を守ること。
 
ここには、『「攻撃」されたときに「反撃」する権利』などとは書いてなくて、「守る」と単純に書いてあります。
個別的自衛権と集団的自衛権をまったく別の言葉で表現して、その違いはなぜかという説明がない。これではわかりやすい解説記事とはとうていいえません。