東京都議会で塩村文夏都議に対して「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などのセクハラヤジが飛んで問題になっていましたが、自民党の鈴木章浩都議がヤジを飛ばしたのは自分だと名乗り出て謝罪しました。
最初は自分ではないと否定していましたが、問題が大きくなったために名乗り出たわけで、お粗末極まりない話です。
 
鈴木章浩都議は2012年に尖閣諸島の魚釣島に上陸したことがあるということで、典型的な右翼政治家と思われます。
そして、右翼政治家と性差別は切っても切り離せません。
 
たとえば田母神俊雄氏は、201210月に沖縄で米兵による集団強姦事件が起きたとき、ツイッターで「朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか」と発言し、被害女性に落ち度があったかのような言い方はセカンドレイプであると批判されました。
 
西村眞悟衆議院議員は、「日本には韓国人の売春婦がうようよいる。大阪の繁華街で韓国人に『おまえ、慰安婦やろ』と言ってやったらいい」と発言し、批判されて日本維新の会を離党しました。
 
橋下徹大阪市長は、「慰安婦制度は必要」「(米軍に対して)もっと風俗を活用してほしい」などと発言し、国際的にも批判されました。
 
石原慎太郎衆議院議員は、「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア」「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪」などと発言し、日弁連から警告書を出されるなど、広く批判されました。
 
右翼は性差別だけではなく、人種差別も“得意”です。
なぜそうなるかといえば、結局のところ右翼思想は「力の論理」だからです(少なくとも日本の右翼はそうです)
 
たとえば、最近の麻生太郎財務相の失言に「勉強はできない、けんかは弱い、だけど金持ちの子、これが一番いじめられる」というのがあります。
これは集団的自衛権の必要性をいうためのたとえ話です。けんかが強いところを見せておかないといじめられるから、集団的自衛権行使を容認したほうがいいという理屈です。
 
この失言をした前日に、麻生大臣は同じようなことをしゃべっています。その中にこんな表現があります。
 
 
よく、「抑止力」っていう言葉があります。英語で「deterrent」っていうんですけれども。抑止力ってのは簡単に言えば、皆さんがガールフレンドを連れて歩いている時に、街でコレ(頬に傷を入れるような仕草をして)っぽいのに絡まれたらどうするかって話。ヤバいなと思っても一応、(彼女を)後ろに置いてね、庇うくらいの格好をせんと、やっぱり具合悪いよ。「お金もあげます、彼女もあげます、私だけ助けて」なんて言ったらそれで終わり。そこで庇わないかん、というためにはね、力がいるんですよ。間違いなく力がいる。
 
このように「力の論理」を信じている人間というのは、彼女を助けるときも、「一応、庇うくらいの格好をせんと」と、本気ではないようです。
 
そして、「力の論理」を信じている人間というのは、自分の彼女に対しても「力の論理」でふるまうに違いありません。
そうしたふるまいを性差別というわけです。
場合によっては、レイプ犯にもなります。力のある者が力のない者をレイプするのは当たり前のことで、レイプされたくなければ力を持て、というわけです。
 
私は麻生大臣のような考え方をする人間と友だちになることはできないと思います。麻生大臣は自分のほうが力があると思うと、こちらを見下したり利用したりするに違いないからです。
 
「力の論理」である右翼思想は、外国に向いている限りは国内では共感を得るかもしれませんが(浅はかな共感ですが)、国内に向くと差別を生むなど、ろくなことがありません。鈴木章浩都議の言動がそのことを教えてくれます。