7月16日深夜、TBS系の「オトナの!」という番組にゲストとして筒井康隆氏と中川翔子さんが出ていましたが(MCはいとうせいこうとユースケサンタマリアの両氏)、そこで筒井氏が戦争について語ったことにインパクトがありました。
YouTubeにアップされていたので、それを見て書き起こしてみます。
 
#052 筒井康隆 中川翔子 後編【オトナの!】
 
いとう このあとのビジョンですよ。
筒井 今この情勢を見てると、戦争が起こりそうなんだよ。次の戦争だけはちょっと見たいねえ。どういうふうにして起こるか。誤解されてもいいんだけどさ。この年になれば怖いものないからね。戦争好きなんだよ、俺。ハハハ。戦争の話が多いんですよ。
中川 多いですね。争いだしますね、人が。
筒井 やっぱりギャグはあるし、ドタバタはあるし、あんなおもしろいものはない。
ユースケ 筒井さんしか言えませんよ。
 
「戦争が見たい」とか「戦争はおもしろい」とか、確かに筒井氏でないとなかなか言えません。
私はこれまで人間には戦争好きの心理があることについていろいろ書いてきましたし、自分自身にもそれがあることを自覚しています。しかし、「次の戦争が見てみたい」とまでは言えませんでした。
 
筒井康隆氏の偉大さについては今さら言うまでもありません。たいていの作家は若くして代表作を書き、あとはその遺産で食っていくのに、筒井氏は若くしてドタバタSFで当代随一の人気作家になり、そういう自分を投げ捨てて次々と新しいことにチャレンジして、小説の可能性を広げてきました。
 
筒井氏は「戦争の話が多いんですよ」と語っています。考えてみれば、確かに筒井氏には戦争を描いた小説がたくさんあります。
 
筒井氏が初めて出版した本は、「東海道戦争」というタイトルの短編集です。この表題作は、関東と関西がなぜか戦争を始めてしまい、サラリーマンである主人公が徴兵されて戦争に駆り出されるという不条理な物語です。
 
小松左京氏のデビュー作は、「地には平和を」という、玉音放送のなかった世界で本土決戦を戦う少年兵を描いた短編です。小松左京氏は1931年生まれ、筒井康隆氏は1934年生まれで、世代的には近いですが、戦争の描き方がまったく違います。小松氏は戦争に思い入れがあり、筒井氏にそれがありません(筒井氏は裕福な家庭の生まれで、それも関係しているかもしれません)
 
筒井氏の最初の長編小説は「48億の妄想」といって、テレビというメディアがすべてを支配するようになった近未来を舞台に、竹島問題や漁業問題で悪化した日韓関係を利用して、テレビ局が擬似イベントとしての戦争を企画するのですが、韓国側は本気になって……という物語です。
このときは“擬似イベント”といっていましたが、今でいう“ヤラセ”ということでしょう。
 
「ベトナム観光公社」という短編は、直木賞候補作にもなったものですが、土星に観光旅行に行けるようになった未来社会で、主人公はベトナム観光に出かけます。そこでは、観光客のための擬似戦争が行われていて……。
 
「ベトナム観光公社」が書かれた1965年は、北爆が始まってベトナム戦争が本格化した年ですが、そのときすでにベトナム戦争を茶化した小説を書いていたわけです。
 
そう、筒井氏の戦争の描き方は一貫して、戦争を茶化し、笑いのめすというものです。
筒井氏にとって戦争とは、人間の愚かさが集約されたものなのでしょう。
ですから、「次の戦争だけはちょっと見たいねえ」という言葉が出てくるのも、筒井氏にとっては自然な発想でしょう。
 
 
ここで、今の集団的自衛権を巡る議論を振り返ると、みんなまじめすぎるのではないかと思います。
 
たとえば、日本人を乗せた米艦を自衛艦が救助するというような、ありえない例え話を持ち出したり、みずから望んで「駆け付け警護」をしたがっているような姿勢とか、アメリカも困り顔をしているのではないかというような状況は、むしろ笑うのが正しいはずです。
 
戦争というのは、真剣に反対する人がいればいるほど、やるほうもやる気をかき立てるものではないかと思います。
どんなことでも、見世物にされ、笑われていると、やる気がなくなります。
 
そういうことを考えると、「次の戦争だけはちょっと見たいねえ」という筒井氏の言葉は、いちばん効果的な反戦の言葉かもしれません。