10月末、リベリアに滞在したことのある日系カナダ人の男性が成田空港で発熱を訴え、エボラ出血熱ではないかと疑われました(結果は陰性)。この男性はジャーナリストであると報じられたことから、ニューヨークタイムズのオオニシ記者ではないかということで、ネットの一部で盛り上がりがありました。
 
ニューヨークタイムズのオオニシ記者は、ネトウヨの世界では有名人です。ニューヨーク・タイムズにネトウヨにとって都合の悪い記事が載ると、それはたいていオオニシ記者が書いたものです。しかし、ネトウヨはいちいちその記事の内容に反論したりはしません。「またオオニシか!」というひと言で片づけてしまいます。
 
ネトウヨはこうした論法を常用します。都合の悪い記事が朝日新聞に載っていると、「また朝日か!」というひと言でその記事を否定するわけです。
 
「思考のトラップ」(デイヴィッド・マクレイニー著)という本に、こういう論法のことが「人身攻撃の誤謬」として紹介されています。つまり、相手がどんな人物であるか、相手がどんなグループに属しているかによって、相手の主張が正しくないと决めつける論法のことです。
 
たとえば、誰かに車の運転を批判されて、「よく言うよ。自分のほうがよっぽど下手くそじゃないか」と言い返すのも「人身攻撃の誤謬」です。批判した人間が運転下手だとしても、自分の運転が下手でないことの証明にはならないからです。
 
今のは素朴な例ですが、もっと巧妙なものとしては、裁判で被告が無実を主張しているとき、検察側が被告はうそつきで信用ならない人間だと証言する証人を用意するということもあります。
 
こうした論法が有効なのにはそれなりの理由があります。
私たちはみすぼらしい服装の人の言うことよりも立派な服装の人の言うことを信じる傾向があります。言っている内容を検討するよりも外見で判断したほうが「思考の節約」になるからです。こうした性質は進化の過程で獲得されたものと思われます。
しかし、なにが正しいかを議論して決めようとしているときに、「思考の節約」をすることは間違っています。
 
「人身攻撃の誤謬」に陥っているのは、ネトウヨの顕著な特徴です。左翼にはあまり見られません。
 
いや、ネトウヨだけではありません。安倍首相も同じ論法を使っています。
 
衆院予算委員会で枝野民主党幹事長が宮沢経産相の外国人献金の問題を追及したとき、安倍首相は枝野幹事長が革マル派とつながりのあるJR総連から献金を受けていたことを持ち出して反撃しました。これはまさに「人身攻撃の誤謬」です。かりに枝野幹事長に問題があったとしても、宮沢経産相の行為が正当化されるわけではありません。
 
安倍首相はまた、吉田忠智社民党党首が安倍首相の脱税疑惑を追及したときも激高しました。
 
 
安倍首相、「脱税疑惑記事」質問で激高 今度は「週刊誌憎し」の感情が爆発
  国会答弁で感情をあらわにすることが増えている安倍晋三首相が、また質問者に対して激高する場面があった。
 
   2014114日の参院予算委員会で、安倍首相の脱税疑惑を指摘した07年の週刊誌記事をもとに「時効の利益を放棄して自発的に納税してはどうか」などと質問した社民党の吉田忠智党首に対して「ただ今の質問はね、私、見逃すことできませんよ?重大なですね、名誉棄損ですよ!」などと食ってかかったのだ。
 
   この週刊誌の記事は、第1次安倍内閣が退陣に追い込まれた直後に発表されている。安倍首相は、記事を「まったくの捏造」と断じるが、週刊誌では脱税疑惑を「安倍首相を辞任に追い込んだスキャンダル」と自画自賛している。安倍首相としては古傷に塩を塗られた形で、いつもに増して感情が先行したようだ。
 
「時効の利益を放棄していただいてですね、自発的に納税してはいかがかと思いますが」
 
 
   吉田氏が国会で取り上げたのは、「週刊現代」07929日号のトップ項目に「本誌が追い詰めた 安倍晋三『相続税3億円脱税』疑惑」と題して掲載された記事。父親の故・安倍晋太郎元外相が生前に個人資産を自らの政治団体に寄付し、安倍首相はこの政治団体を引き継いだ。その過程で相続税を不正に免れていた疑いを指摘する内容だ。
 
   929日号は915日に発売され、週刊現代が安倍事務所に送った質問状の回答期限は912日だった。だが、安倍首相側は質問状に回答しないまま、91214時に会見を開いて辞意を表明したという経緯がある。
 
   委員会では、吉田氏はこの経緯は特に説明せず、記事の内容を要約して話すにとどめた。その上で、
 
「脱税額3億円について、確かに時効になっています。ぜひ、時効の利益を放棄していただいてですね、自発的に納税してはいかがかと思いますが」
 
とたたみかけた。その直後に安倍首相は激高、一気に吉田氏を責め立てた。安倍首相が怒った原因は、大きく2つあるようだ。ひとつが、吉田氏の質問が週刊現代の記事のみを根拠にしていたという点だ。
 
「ただ今の質問はね、私、見逃すことできませんよ?重大なですね、名誉棄損ですよ!吉田さんは、今その事実をどこで確かめたんですか?まさか週刊誌の記事だけじゃないでしょうね?週刊誌の記事だけですか?週刊誌の記事だけで、私を誹謗中傷するというのは議員として私は恥ずかしいと思いますよ?はっきりと申し上げて。この予算委員会の時間を使って、テレビを使って、恥ずかしくないんですか?自分で調べてくださいよ!それくらいは」
 
   もう一つが、吉田氏の質問が、記事の内容が事実だという前提に立っていたことだ。
 
「これ(記事の内容)は全くの捏造です。はっきりと申し上げておきます。当たり前じゃないですか!これは少し、委員会で問題にしていただきたいと思いますよ?こんな私を、まるで犯罪者扱いじゃないですか!時効とか言って今、吉田さんちゃんと答えてくれなければ、ちゃんと答弁できませんよ!」
 
「政治とカネとか言ったって、結局週刊誌の記事だけじゃありませんか!」
 
   吉田氏は
 
「断定的に申し上げたことは申し訳なく思いますけれども、分からないから聞いてるんですから、答えてください」
 
と食い下がったが、安倍首相にとっては「火に油」だった。
 
「断定するんだったら、この週刊誌以外の証明をしなければならないんです。で、一回一回ですね、週刊誌の記事に私は答えなければいけないんですか?これから、吉田さんが色んな週刊誌を読んで、『安倍さんどうなんですか?』と。いちいち、これからも聞いてくるんですか?私は週刊誌にいろんなこと書かれましたよ!どっかで隠し子がいるということも書かれた。そんなこともいちいち吉田さん、聞くんですか?だいたい失礼ですよ!そんなことに、私は大事な予算委員会の時間を使う...国民の多くの皆さんもウンザリしてると思いますよ?このやりとりには。このやりとりにはね。結局、今の吉田さんの根拠というのは、政治とカネとか言ったって、結局週刊誌の記事だけじゃありませんか!」
 
   一連の答弁からは、安倍首相が「週刊誌の記事」に相当な恨みを持っていることがうかがえる。安倍首相の退陣表明直後に発行された07912日の毎日新聞夕刊には、こうある
 
「首相の辞任をめぐっては、今週末発売の一部週刊誌が安倍首相に関連するスキャンダルを報じる予定だったとの情報もある」(1面)
 「突然辞意を表明した安倍首相については、『週刊現代』が首相自身の政治団体を利用した『脱税疑惑』を追及する取材を進めていた」(社会面)
 
   体調不良だった安倍首相にとって、週刊誌記事の真偽はともかく、記事が出ること自体が「とどめ」になったとの見方もあり、委員会の場で古傷をえぐられたことで激高した可能性もある。
 
 
安倍首相はこのとき、ふたつの「人身攻撃」をしています。
ひとつは、週刊誌の記事だけを根拠に質問した「吉田氏の議員としての姿勢」です。これは確かに国会で質問する議員としてはお粗末です。
もうひとつは、「週刊誌の記事」です。確かに週刊誌の記事にはいい加減なものがあって、信用度は低くなります。
 
しかし、「吉田氏の議員としての姿勢」がお粗末で、「週刊誌の記事」にいい加減なものが多いからといって、安倍首相の脱税疑惑が解消されるわけではありません。
完全に「人身攻撃の誤謬」に陥っています。
 
これは安倍首相だけではありません。菅官房長官も同じです。
 
 
菅長官も大激怒! 社民の脱税追及に「常識がない」
 
 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は5日の記者会見で、安倍晋三首相が社民党議員から週刊誌報道に基づいた「脱税疑惑」の追及を受けたことについて「質問する人たちの常識がない」と指弾した。
 
 そのうえで「週刊誌の記事で脱税したと断定されて、反撃しなければ認めていることになる。事実と異なる質問を受けたら、答える側も明らかにする権利がある」と述べた。
 
 社民党の吉田忠智党首が4日の参院予算委員会で平成19年に週刊誌が報じた「3億円脱税疑惑」の記事を取り上げ、「時効だが自発的に納税してはいかがか」と迫ったことに、首相が「捏造(ねつぞう)だ」と反発していた。
 
菅官房長官はここで「反撃」という言葉を使っています。「反論」でないところが、まさに語るに落ちるというところです。
「質問する人たちの常識がない」というのもまさに「人身攻撃の誤謬」です。
 
安倍首相も菅官房長官もみずから「思考のトラップ」あるいは「詭弁の論理」にはまりこんで、言論の府としての基本が失われています。
内閣全体がネトウヨクオリティになっているわけです。