厳罰化の風潮が強まる中で、珍しく裁判員裁判で殺人事件に執行猶予つきの判決が出ました。
普通、殺人事件の判決というと、「人間性のかけらもない」とか「身勝手で冷酷」とかの言葉で被告が断罪されるものですが、この判決は被告に同情的です。どういう事情があったのでしょうか。
 
 
「妻と娘を守る義務がある」 三男殺害、父への判決
 就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決だった。東京地裁立川支部で先月下旬にあった裁判員裁判。裁判長は「相当やむを得ない事情があった」と述べた。ともにプラモデル作りが好きで、二人三脚で大学受験に臨むほど仲が良かった父子に、何があったのか。
 
 三男(当時28)への殺人罪に問われたのは、東京都八王子市の父親(65)。黒のスーツに青紫のネクタイを締め、法廷に現れた。事件までは、監査法人の会社員。同僚からは「まじめ」「誠実」と思われていた。
 
 事件の経緯を、検察の冒頭陳述や父親の証言からたどる。
 
 約10年前、三男は都立高2年のとき、精神の障害と診断された。通信制高校に移るなどしたが、浪人生活を経て大学にも進学。充実した学生生活を送った。卒業後はガス会社に就職した。
 
 しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。
 
 今年5月下旬、母親が三男に蹴られ、肋骨(ろっこつ)を骨折。「これから外に行って人にけがさせることもできる」。三男はそんな言葉も口にした。
 
 父親は、警察や病院、保健所にも相談を重ねた。
 
 警察からの助言は「入院治療について、主治医と話し合って。危害を加えるようでしたら110番して下さい」。保健所でもやはり、「入院について主治医と話して下さい」。
 
 一方、主治医の助言は、「入院してもよくなるとは言えない。本人の同意なく入院させれば、退院後に家族に報復するかもしれない」。ただ、「警察主導の措置入院なら」と勧められたという。
 
 措置入院とは、患者が自身や他の人を傷つける恐れがある場合、専門の精神科医2人が必要と認めれば、本人や保護者の同意がなくても強制的に入院できる制度だ。
 
 主治医は法廷で、「家族の同意によって入院させた場合、三男は入院についてネガティブに考えると思った。警察主導の措置入院なら、本人の認識を変えるきっかけになると思った」と証言した。
 
 ただ、警察は措置入院に前向きではなかった。被告が相談に行っても、「措置入院には該当しないのでは」との返答。三男は暴れても、警察が駆けつければ落ち着いたし、警備業のアルバイトを続けられていたことなどが理由だった。
 
 いったい、どうすればいいのか――。父親は追い詰められていった。
 
 6月6日、事件は起きた。
 
 この日、父親は1人で病院に行き、主治医に三男の入院を相談。ソーシャルワーカーを紹介されたが、入院については、あくまでも警察主導の措置入院を勧められた。
 
 午後8時半。妻からメールが入る。妻が誤って三男のアルバイト先の仕事道具を洗濯してしまい、三男が「殴る蹴る以上のことをしてやる」と怒鳴っている――。そんな内容だった。
 
 父親は急いで帰宅した。暴れる三男を目にして、110番通報した。
 
 駆けつけた警察官に、父親は再度、措置入院を懇願した。三男はこの日、両親の顔を殴るなど、いつも以上に暴力を振るっていた。しかし、三男は警察官が来てからは落ちついた。「措置入院にするのは難しい」。警察官は言った。
 
 警察官が帰ると、三男は就寝し、父親は風呂に入った。
 
 弁護人「風呂では、何を考えた?」
 
 父親「主治医や警察に入院をお願いしたが、最終的には措置入院もできなかった。今の精神医療の社会的仕組みでは、私たち家族は救えないのではないか。そう思いました」
 
 弁護人「今後ますます暴力は激しくなると」
 
 父親「はい。三男は『今度は刃物を使うから覚悟しろよ』と言っていた。今度は刃物を振り回すと思った。私は逃げられても、妻はひざが悪いので逃げられない」
 
 一家は当時、両親と三男、三男の妹である長女の4人暮らし。ただ、母親も長女も三男の暴力におびえ、追い詰められていた。
 
 弁護人「家族で逃げることは考えなかったのですか」
 
 父親「家を出ても、三男は私の勤務先を知っている。職場に怒鳴り込んでくると感じました」
 
 弁護人「警察に被害届を出すことは」
 
 父親「警察に突き出すことは、三男を犯罪者にしてしまうこと。その後の報復を考えると、それは出来ませんでした」
 
 父親は法廷で、「三男は自分が犯罪者になることを恐れていた。家族がそうさせることはできなかった」とも話した。
 
 7日午前3時前。父親は風呂を出ると、2階にあった出刃包丁を持ち出し、三男の部屋に向かった。寝ている三男の横に中腰で座り、左胸を1回、思い切り突き刺した。
 
 父親「わたしは、妻と娘を守る義務がある。警察や病院で対応できることには限度があるが、暴力を受ける側は悠長なことは言っていられない。私は夫として、父として、こうするしか思いつきませんでした」
 
 刃物を胸に突き刺すと、血が流れ出る音がした。しばらくして、手を三男の鼻にかざした。息は止まっていた。
 
 父親はそのまま、三男に寄り添って寝た。
 
 弁護人「何のために添い寝を」
 
 父親「三男とは、もとは仲が良かった。三男のことを考えたかった」
 
 父親は法廷で、何度か三男との思い出を口にした。
 
 ともにプラモデルが好きで、かつて三男は鉄人28号の模型を自分のために作ってくれた。大学受験の時には一緒に勉強し、合格通知を受け取った三男は「お父さん、ありがとう」と言った。大学の入学式、スーツ姿でさっそうと歩く三男をみて、とてもうれしかった――と。
 
 弁護人「あなたにとって、三男はどのような存在でしたか」
 
 父親「友達のような存在でした」「三男にとっても、私が一番の話し相手だったと思います」
 
 朝になり、父親は家族に事件のことを話さぬまま、警視庁南大沢署に自首した。
 
 家を出る前、「主治医に相談に行かない?」と尋ねた妻に、「行くから。休んでて」とだけ告げたという。
 
 母親「主人は子どもに向き合い、とにかく一生懸命でした」
 
 証人として法廷に立った母親は、涙ながらに語った。
 
 母親「私は三男と心中しようと思ったが、できませんでした。警察などに何回も入院をお願いしても、できなかった。どうすれば良かったか、私にはわかりません」
 
 一方で父親は、事件から半年を経て、いまの思いをこう語った。
 
 父親「今から思えば、三男を家族への暴力行為で訴え、世の中の仕組みの中で更生の道を歩ませるべきでした。三男の報復が怖くても、三男のことを思えば、そのように考えるべきでした」
 
 地裁立川支部は11月21日、父親に懲役3年執行猶予5年を言い渡した。検察側の求刑は懲役6年だった。
 
 裁判長「被害者の人生を断ったことは正当化されないが、相当やむを得ない部分があったと言わざるを得ない。被告は、被害者の人生の岐路で、父親として懸命に関わってきた」
 
 ただ、こうも続けた。
 
 裁判長「家族を守ろうとしていたあなたが、最終的には家族に最も迷惑をかけることをした。これからは、もっと家族に相談するよう、自分の考えを変えるようにして下さい」
 
 父親は直立し、裁判長の言葉を聞いた。
 
 法廷には、母親のすすり泣く声が響いていた。(塩入彩)
 
 
裁判員と裁判官は被告に同情して寛容な判決を下したのでしょう。
これは基本的によいことだと思います。被告つまり犯罪者の心理をよく理解することは、判決を下す上での大前提です。
それに、刑を重くすれば反省するというものでもありません。逆に寛大な判決で人の心の温かさに触れて反省する可能性があります(インサイダー取引とか贈収賄のような経済的利益を求める犯罪には厳罰が抑止力になるので、話は別です)
 
では、この判決に問題はないかというと、そんなことはありません。殺された被害者への同情がほとんどうかがえないのです。
いや、同情とかではなく、被害者の命の重さが無視されています。
これは大問題です。
なぜこんな判決になってしまったのでしょうか。
 
被害者は「精神の障害」と診断されたということです。
統合失調症かとも思いましたが、転職が多いだけで普通に勤めていますし、措置入院を何度も断られていることからして、統合失調症ではなさそうです。おそらくなんらかの発達障害でしょうが、高校2年生で初めて診断されたということは、それまで目立たなかったわけで、発達障害でもごく軽いものではないかと思われます。
とはいえ、「精神の障害」というレッテルが貼られているわけで、これが裁判員の判断に影響したということはありえます。
つまり裁判員に、精神障害者への差別意識があったのではないかということです。
 
また、この事件は親が子どもを殺したという事件で、昔風にいえば卑属殺人です。
昔の刑法では、子が親を殺す尊属殺人は特別に刑が重くなっていました。卑属殺人の刑を軽くするという刑法の規定はありませんが、尊属・卑属という言葉が親と子の差別的な関係を示しています。「子どもは親の所有物。煮て食おうと焼いて食おうと親の勝手」という価値観です。
今の刑法に尊属・卑属という区別はありませんが、昔風の価値観が今回の判決に入り込んでいる可能性があります。
 
それから、被告は監査法人に勤める65歳の会社員で、被害者は当時28歳のフリーターです。つまり社会的立場にかなりの上下があります(通り魔事件などの殺人事件は、社会に恨みを持つ若いフリーターが普通の社会人を殺すというケースが多いのですが、この事件では逆です)
裁判員の判断に社会的地位の上下が影響したということも考えられます。
 
つまり精神障害者への差別、尊属・卑属という差別、社会的地位への差別という三重の差別があって、被害者の命が軽んぜられたのではないかと思うのです。
 
つけ加えると、普通の殺人事件では被害者遺族がいて、犯人への憎しみや厳罰を求める声を上げるのが普通ですが、この事件の場合はそうした声を上げる人がいません。犯人に甘い判決を下しても、裁判員は誰からも批判されないわけです。
 
 
私が思うに、この判決は被害者のことをまったく考えない判決です。被害者の立場に立って考えると、事件はまったく別の姿を見せるはずです。
 
被告すなわち父親は三男と「大学受験の時には一緒に勉強し」たということですが、父親が大学受験をする息子といっしょに勉強するという話を私は聞いたことがありません。
また父親は、三男は「友達のような存在でした」「三男にとっても、私が一番の話し相手だったと思います」とも語っています。
このことから父親は三男に対して過保護・過干渉だったと想像できます。
そのため三男は父親から自立できなかったのです。
 
三男は家庭において父親から自立するための戦いをしていましたが、家庭以外ではちゃんと勤務もしていますし、主治医や保健所や警察の前では普通だったのでしょう。だから、誰も措置入院させようとしなかったのです。
 
三男はまた、「これから外に行って人にけがさせることもできる」「今度は刃物を使うから覚悟しろよ」と警告を発しています。父親はこの警告を受け止めて、自分を変えるチャンスがあったわけですが、結局入院させることと三男を殺すことしか考えられなかったわけです。
 
とはいえ、この父親を批判する気にもなれません。この父親はどうしても自分自身の問題を認識することができなかったのです。これは「バカの壁」です。
 
とはいえ、三男においては悲惨なだけの人生です。
 
相田みつをの詩に「育てたように子は育つ」というのがあります。
この三男は、育てられたように育った挙句、育てた人間に殺されてしまったわけです。
そして、裁判員から同情されることもなく、おそらくこの新聞記事を読んだ読者からもほとんど同情されることなく、犯罪被害者として扱われることもなく葬り去られていくのでしょう。