1月12日は成人の日でした。今のところ“荒れる成人式”のニュースはないようです。
 
それにしても、成人式というのは妙なものです。自治体が主催して、市長だの市会議員だのが壇上から訓示を垂れます。役所の窓口なら未成年でも1人の市民として遇されるのに、成人式では成人が見下されます。
いや、式の始まりはそれでいいかもしれません。しかし、式の最後には、市長など“偉い”人たちが新成人と入り混じって交歓し、肩を組みながら歌をうたうなどするのが成人式の趣旨にかなうはずです。
 
そうなっていないということは、新成人と壇上の人たちとの間には根強い序列意識とか階層意識があるのでしょう。つまり新成人は、軍隊でいえば入営したばかりの二等兵で、壇上の市長などは部隊長とか将校というわけです。
 
そのように思えば、成人式は荒れたほうが正常のような気がします。
 
ともかくおとなたちは、成人であろうが未成年であろうが、若者に訓示を垂れるのが好きです。
次の朝日新聞の成人の日の社説も、むりやり若者に訓示を垂れようとするためおかしな文章になっています。
 
 
成人の日に考える―答え合わせと黒のスーツ
問いを立てる。
 
 自分なりの答えを出す。
 
 それらを持ち寄り議論する。
 
 政治や社会を動かしていくための、大事な営みだ。
 
 だがどうだろう。いまの日本社会では、問いよりも、答えを出すことよりも、「答え合わせ」に重きがおかれてはいないだろうか。なぜそのような答えを出したかは吟味されず、答えをつき合わせて、同じであれば安心する。でも、ひょっとしたらそれは答えではなく、ただみんなが空気を読んだ結果に過ぎないかもしれない。
 
 きょう、成人の日。
 
 若者をとりまくこの社会のありようについて考えてみたい。
 
■自分の言葉で語る
 
 関東在住の専門学校生、菜々子さん(21)は昨秋、ある医院の就職面接を受けた。「その場で内定をもらって。うれしかった」。その後雑談していたら、恋人とはどこで出会ったの?と聞かれた。どうしよう。でもここでうそをつくのはなんか違うよな、えっと、はい、私は政治に興味があって、彼とはデモを通じて知り合ったんです――。軽い調子で、でも丁寧に言葉を選んだ。大学生ら若者が主催していること。党派性のないカッコいいデモであること。徹底して非暴力であること。
 
 数日後、医院から電話があり、今回はなかったことにしたい、という趣旨のことを言われた。医院側は「正式に働いてもらう約束をしたという認識はなかった」。だが菜々子さんは、「私が政治の話をしたからじゃないかな。どうしても、そう思ってしまいます」。
 
 だって、これまで何度も経験してきたから。原発とか戦争とか政治の話をし始めると一変する場の空気、「そんな話やめろよ」という有形無形の圧力。母親に、就職ダメになったと伝えたら、政治と宗教の話はタブーなのに、何をやっているんだと責められた。
 
 そんなことは知っている。だけど私たちの生活はどうしたって政治につながっていて、私はその話をしただけじゃないか。
 
 怒りがわいてきた。医院にではなく、この社会に対して。
 
 おかしいと思っても、気づかないふりをしないと生かしてくれない社会って何だ。自分の頭で考え、自分の言葉で語ろうとするほど疎外されるこの社会っていったい何なんですか?
 
 若者の政治的無関心を嘆き、叱咤(しった)してきた「大人」は、菜々子さんのこの問いに、怒りに、どう答えたらいいのだろうか。
 
■脱リクルートスーツ
 
 就職活動シーズンに街にあふれる黒のリクルートスーツ。強制されていないのに制服化しているのは、「答え合わせ」を重ねた結果なのかもしれない。
 
 シーズンが終わっても、リクルートスーツを着ている学生は、「就職先未定」という貼り紙を身にまとっているようなものだ。「個性を大切に」と言ってきたはずの学校や企業、社会はなぜ、この真っ黒な世界をよしとしているのだろうか。
 
 そんな現状に、「就職内定率100%」で近年注目を集める、国際教養大学(秋田市)が一石を投じた。昨秋、学内の就職説明会で、黒のリクルートスーツは着なくてもいいと学生に伝え、40社を超える企業からも了解を得たという。
 
 どうしてそんなことを? 
 
 「なぜ黒のスーツでなければならないのかと問われた時、誰も答えられないからです」と、三栗谷俊明・キャリア開発センター長(54)。なぜ黒なのか。ベージュじゃだめなのか。真夏にジャケットを着る必要はあるのか――。学生だけでなく、社会全体が考えるきっかけになればいいと思う。
 
 「グローバル化の時代に、みんなと同じなら安心という感覚はそぐわない。自分で考え、その上で、やっぱりリクルートスーツを着るという答えを出すなら結構なことですよね」
 
 理由は、ほかにもある。
 
 就活において地方の学生は大きなハンディを背負っている。名の通った企業の多くは東京に本社を置く。お金がない学生は8時間以上高速バスに揺られて移動し、インターネットカフェに寝泊まりする。だからせめて、堅苦しいリクルートスーツを、着なくて済むように。
 
■「異物」がいていい
 
 地方の大学が社会に投げ込んだ小さな一石。だが、就活、グローバル化、都市と地方など、照らし出す問題は幅広い。
 
 黒のリクルートスーツを着ずに就活にのぞむ学生は、「異物」扱いされるかもしれない。でもそれによって、新たに見えてくることがきっとあるだろう。その「異物」に触発され、後に続く学生が出てくれば、違う道が開かれる可能性もある。
 
 問いを立てる。自分なりの答えを出す。そうして社会は少しずつ動いていく。その流れが滞っているのなら、考え、動くべきはこれから社会に出ていく若者ではなく、この社会を形づくってきた「大人」の側である。
 
 
デモに参加したと言ったために医院に就職内定を断られた話と、国際教養大学で黒のリクルートスーツを着なくてもいいという指導が行われているという話と、ふたつの具体例が取り上げられています。
 
医院に就職内定を取り消された話は、どう考えても医院の内定取り消しが不当です。『若者の政治的無関心を嘆き、叱咤(しった)してきた「大人」は、菜々子さんのこの問いに、怒りに、どう答えたらいいのだろうか』などと悠長なことを言っている場合でなく、とりあえず内定取り消しをした医院を批判するべきです。
 
菜々子さんに対して、あるいは若者一般に対してなにか言うとすれば、不当な内定取り消しに泣き寝入りせずに戦うべきだということでしょう。
あるいは、今の世の中はこんなものだから、デモに参加したなどという話はするべきでないというのも現実的なアドバイスです。
 
リクルートスーツの話は、若者にとってなにか教訓の得られる話ではありません。
 
だいたい就活生はリクルートスーツを着たくて着ているのではありません。採用担当者の価値観(及び企業文化)に合わせているだけです。普段はちゃんと個性的な服を着ているのです。
 
ですから、ここで注目するべきは国際教養大学です。私はこの大学のことを知りませんでしたが、「就職内定率100%」ということですから、就職戦線では勝ち組の大学なのでしょう。そのような勝ち組だからこそ、リクルートスーツ不要という方針を决め、40社を超える企業から了解を得ることができたのです。
そして、このことは学生にも歓迎されるはずです。「あそこの大学に入れば就活のときリクルートスーツを着なくてもいい」となれば、入学希望者がさらにふえるでしょう。
その結果、学生の質が上がり、大学の評価もさらに上がるかもしれません(もっとも、国際教養大学のこの方針が成功するかどうかわかりませんが)
 
ですから、この話はほかの大学の就職課にとって参考になる話です。
 
ところが、朝日の社説は、一般の就活生に対してリクルートスーツを捨てて「異物」になってみないかと勧めているように読めます。そんなことをすれば、就職に失敗する可能性が大きくなるだけです。
 
全体としてこの社説は、おとなの戒めとなる話を持ち出しているのに、むりやり若者に教訓を垂れようとしているので、わかりにくいし、イヤミな感じになっています。
 
20歳の新成人というのは、おとな社会では序列の最下層です。
成人式もこの社説も、そのことを自覚させるのが目的であるようです。