日本人2人がイスラム国の人質になり、日本政府は身代金2億ドルを要求されています。
 
テロリストの活動資金になるから身代金は払うべきではないという意見がありますが、そのほかに、テロリストとはいっさい交渉するべきではないという意見もあります。
なぜテロリストと交渉してはいけないのかという理由はありません。なにがなんでもテロリストと交渉してはいけないというのです。
「テロリストと交渉しない」原理主義とでも呼ぶべきでしょう。
 
この原理主義の意見はかなり広く存在していて、「テロリストと交渉するべきだ」という意見が言いにくい雰囲気があります。
 
しかし、かつてブッシュ大統領は「テロとの戦争」を宣言しました。もしテロリストと戦争しているなら、和平交渉も選択肢になければなりません。 
 
アルカイダのような、はっきりした組織がないところとは交渉しようがないということもあるでしょうが、イスラム国とかボコ・ハラムのように、一定の地域を支配下に収めている組織とは十分に交渉することができます。
 
私は、「テロリストとは交渉しない」という主張を聞くと、近衛内閣の「国民政府を相手にせず」を思い出します。
みずから進んで泥沼に入っていくときの言葉です。
 
こういう原理主義的な考えは、アメリカ人が得意とするものでしょう。ヨーロッパや日本、つまり騎士道や武士道のある国では、戦争は勝ったり負けたりするものです。
しかし、アメリカにとっての戦争は、自分たちは正義で、相手は悪だというものです。ですから、日本も東京裁判で裁かれてしまいました(先住民を虐殺したときの論理もこれでしょう)
 
こうした考えの背後には、相手を蔑視する心理があるでしょう。軍国日本は中国を蔑視し、今のアメリカはイスラム勢力を蔑視しているのです。
 
とはいえ、アメリカも朝鮮戦争やベトナム戦争など、明らかに泥沼状態になれば、敵と和平交渉をします。
 
イギリスにおいては、ロンドンのハロッズデパートで爆弾事件を起こすなど凶悪なテロを行ってきたIRAに対し、サッチャー首相は「テロリストと交渉しない」という強硬な姿勢をとりましたが、ブレア首相は方針を転換し、結局交渉することでテロを終わらせました。
テロリストは普通の犯罪者と違って明確な政治的主張があるのですから、むしろ交渉しやすい相手です。
 
オバマ大統領は一般教書演説で「イスラム国の壊滅を目指す」と言いましたが、これは泥沼への道です。
日本はむしろ「アメリカ政府を相手にせず」と言って、テロリストと交渉する道を進むべきです。