イスラム国の人質になっていた後藤健二さんが殺害されました。これほどつらいニュースはありません。
殺したイスラム国を非難する人も多いでしょう。しかし、私にはその気持ちはほとんどありません。
というのは、イスラム国側の人間も日々空爆により殺され続けているからです。
 
そういう殺し殺される場にみずから頭を突っ込んでいったのが安倍首相です。エジプトでのスピーチで「ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるため(中略)ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」とイスラム国への敵対姿勢を明確にしました。
 
安倍首相の戦争好きの性格は前からわかっていました。しかし、東アジアではアメリカが重しになって安倍首相の好きなようにはできませんし、中東に自衛隊を派遣するにしても、安保法制の整備に時間がかかるので、まだかなり先のことだと思っていました。
 
それでも、なにがなんでも戦いがしたい安倍首相は、解散総選挙をすることで野党との戦いをしました。
そして、今度はテロリストに喧嘩を売り、テロとの戦いに参入したというわけです。
 
ここまで戦いがしたいとは、偏執狂的性格というべきでしょうか。
 
 
世の中には安倍首相を擁護する人もいますが、そういう人は必ず「イスラム国は残虐で卑劣な悪」というレッテル張りをした上で主張しています。
つまり向こうが「悪」だから、それと戦うのは「正義」というわけですが、こういう単純な頭の人は、政治や外交や軍事を論じるのはやめて、ハリウッド映画や「水戸黄門」を楽しんでいるほうがいいでしょう。
 
たとえば、イスラム国を空爆して弱体化させることは、シリアのアサド政権を利することになる理屈ですが、そういうことを考えた上で「イスラム国は悪」と主張しているのでしょうか。
 
現にこういうことが起こっています。
 
イスラム国からのコバニ奪還、シリア人の多くは疑問視「アメリカの戦略が理解できない」
 
 
では、イスラム国をどうとらえればいいのでしょうか。
もちろん善悪で判断してはだめです。
ここでは「利己的な遺伝子」で有名なリチャード・ドーキンスの提唱する「ミーム」(文化の遺伝子)という概念を使って説明してみましょう。
 
シリアは2011年から内戦状態にあります。反アサド政権派は一枚岩ではなく、さまざまな勢力が入り乱れていました。そうした中から急速に台頭してきたのがイスラム国です。
 
アフガニスタンはソ連が撤退したあと軍閥が群雄割拠する状態となり、その中からタリバンが台頭しました。
 
これは日本の戦国時代に織田信長が台頭してきたのに似ています。あるいはワイマール体制下の政治的混乱から弱小政党だったナチス党が台頭してきたのにも似ています。
 
つまり、多くの勢力が互いに生存闘争をするという状況では進化のメカニズムがより強く働くのです。
 
ニューギニア高地やアマゾン奥地など、あまり互いに闘争せず、異文化も入ってこないところは、もっとも進化が起こりにくいわけです。
 
考えてみれば、中東は東西文化の交流するところで、戦争も多く、従って昔はもっとも進化した地域でした。
 
その後、ヨーロッパは小国が互いに戦う時代が長く続き、その中からナポレオンが生まれるなどして近代文明を生み出しました。
 
今では、ヨーロッパとアメリカが中東を実質的に支配し、中東のイスラム教徒は屈辱的な思いを強いられています。
 
そうした中から誕生したイスラム国は、欧米の支配を排除した真のイスラム国を目指しているようです。
そして、それを許せないのが欧米で、なんとかつぶそうと空爆をしているというわけです(有志連合にはイスラム教の国も参加していますが、欧米の分断支配の成果です)

混乱からおのずと秩序は生まれます。ですから、中東のことは中東の人に、イスラムのことはイスラムの人に任せればいいのです。
ところが、アメリカは自分に都合のよい秩序をつくろうとしているわけです。
 
つまり、ここで起こっているのは「文明の衝突」です。
イスラム文明が西欧文明に立ち向かおうとしているのです。
今の中東はきわめて混沌とした状況になっており、かりにイスラム国を崩壊させたところで、またより進化した勢力が出てくるに違いありません。
 
日本が文明の衝突の中に頭を突っ込んでいくのは愚かなことです。
関わるとすれば、欧米に加担するよりイスラム勢力に感謝される援助をしたほうが将来のリターンが大きくなるはずです。