曽野綾子氏が産経新聞に書いたコラムが人種差別的であるとして問題になっています。
曽野綾子氏といえば、日本の保守派論客で、2013年から安倍政権の教育再生会議の委員を務めていたこともあり、海外からは日本そのものがこの程度のレベルだと思われかねません。
 
ただ、曽野綾子氏の今回のコラムは、差別の本質を考えるのにいい材料を提供してくれています。
 
 
曽野綾子氏、移民について「居住地だけは別にした方がいい」 「アパルトヘイト肯定」「人種差別だ!」と物議
作家で保守論客の1人として知られる曽野綾子氏が2015211日付の産経新聞に寄せたコラムが物議をかもしている。
 
   コラムは、労働移民の受け入れに関して資格や語学力の障壁を取り除くべきだとする一方で、南アフリカの事例をもとに「居住地だけは別にした方がいい」と主張する内容だ。これに対し、一部の読者が「アパルトヘイトを肯定してる」「はっきりと差別を肯定する文章」などとツイッターで反発を広げている。
 
「居住区だけは、白人、アジア、黒人というふうに分けて住む方がいい」
   コラムによると、若い世代の人口が減少する日本では「労働力の補充のためにも、労働移民を認めねばならないという立場に追い込まれている」という。そのため介護の現場では、「今よりもっと資格だの語学能力だのといった分野のバリアは、取り除かねばならない」と訴える。こう議論を展開する中で、
   「ここまで書いてきたことと矛盾するようだが、外国人を理解するために、居住を共にすることは至難の業だ。もう2030年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」
と唐突に問題提起した。
 
   発言は、人種差別廃止以降、黒人も入居するようになったヨハネスブルグのあるマンションでの事例を根拠にしている。そこでは大家族主義の黒人たちが身内を集めて1室あたり2030人で住み始めたため、建物の水が確保できなくなり、白人たちは逃げ出したというのだ。「爾来、私は言っている。『人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい』」とコラムを締めくくった。
 
   これに一部の読者が反応し、ツイッターには「アパルトヘイトを肯定してる」「これって人種差別だろ!」と反発する投稿が広がった。
 
「『日本民族』以外はどうだっていい、と」一部では拡大解釈する人も...
   コラムはハフィントンポスト(日本版)が記事で取り上げ、まとめサイトなどでも拡散されている。ジャーナリストや新聞記者もコラムに反応し、
 
「オリンピックを前に随分自国だけに都合の良い理屈だなこれ......」(ジャーナリスト・津田大介氏)
 「これは酷い(T_T)国が崩壊する音が。。。」(ジャーナリスト・木野龍逸氏)
 「読んでびっくりした。こんなことをするくらいなら、移民を入れるのは辞めた方がいい」(朝日新聞記者・鯨岡仁氏)
 
とツイートした。
   ただ、曽野氏の発言はこれまでもたびたび物議をかもしてきただけに、一部の人から目の敵にされることが多い。そうした背景からか今回も、
 
「『日本民族』以外はどうだっていい、と」
 「アパルトヘイト肯定、介護職への蔑視、外国人労働者からの搾取を推奨する曽野綾子」
 
などと、コラムでは使われていない表現を持ち出し、拡大解釈してネット上に拡散する人が出ている。
   こうした批判的な投稿を繰り返す人がいる一方で、
 
「低生活水準かつ生活様式が全く違う外国人が実際に身の回りに増えてくると、こういう声は確実に増えてくると思うよ」
 「移民を受け入れることは単一民族国家である日本社会の常識や不文律を変えることを覚悟しなければならないことを議論している」
 「外国に住んでみて、真っ当な意見と納得。決して差別なんかじゃない」
 
と発言を肯定的に受け止めている人もいる。

 
居住区と差別の問題は密接に関わっているようです。
私は高校生のころ、アメリカに住んでいた日本人主婦が似たようなことを書いているのを読んだことがあります。
その日本人主婦は白人ばかりが住んでいる住宅地に住んでいたのですが、そこに黒人家族が引越ししてきたそうです。すると、周りの白人たちに陰に陽にいやがらせを受け、その黒人家族はまた引っ越していったということです。
なぜ白人たちはいやがらせをしたかというと、黒人が住むとその住宅地の地価が下がるのだそうです。そして、そうなると次々と黒人が住むようになり、今度は白人が出ていかなければならなくなる。そうなるのを避けるために、白人たちのやったことはやむをえないことだったというようなことが書かれていました。
 
私は若くてまだ自分で考える力もなく、これを読んだときは、なるほどそんな事情があるのならやむをえないのかと思いました。
とはいえ、納得いかないものも残り、ずっと気になっていました。そして、あるとき、あの文章は、白人の側のことしか書かれていなかったことに気づきました。
黒人の側に立って考えてみれば、そこに住めば地価が下がって白人が損するからという理由で住む権利が制限されるのはまったく不当です。黒人差別としかいいようがありません。
 
私はこのとき、相手の立場に立って考えれば、それが差別かどうかがよくわかるということに気づきました。
 
ということは、差別主義者というのは、相手の立場に立って考えることができない人ということになります。
そして、相手の立場に立って考えることができないのは、相手を自分と同じ人間と見ていない、つまり相手を見下しているからなのです(これがつまり差別意識です)

曽野綾子氏は南アフリカにおいて名誉白人扱いされて、すっかり白人気分になり、いまだに黒人の立場に立って考えるということができないのでしょう。
 
男はたいてい女を見下していますから、女の立場に立って考えようとしません。これが性差別です。
 
慰安婦問題というのは、性差別、韓国人差別、売春婦差別が積み重なっているので、慰安婦問題を騒ぎ立てる日本人というのは、決して元慰安婦の立場に立って考えることができませんし、国際的に見ると、きわめてみにくい姿になっています。
 
そして、現在問題になっているイスラム過激派のテロリストを見る際にも、やはり差別の問題がからんでいます。
 
私は前回の『不可視化されている「イスラム差別」』という記事で、イスラム過激派を見る欧米や日本の側に、イスラムに対する差別意識があるということを書きましたが、考えてみると、それだけではありません。
中東のイスラム過激派はたいていアラブ人、ペルシャ人、黒人です。ですから、イスラム過激派を見る欧米側の目には、人種差別がないわけありません。
 
たとえばウクライナ問題では、ウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスの間で停戦合意が成立しました。
一方、イスラム国との戦争においては、停戦を探る動きなどまったくなく、アメリカはイスラム国壊滅しか考えていないようです。
この違いはなんなのかというと、ウクライナ問題はヨーロッパ同士、キリスト教同士なのに、イスラム国は人種が違い、宗教が違うからとしかいいようがありません。
 
テロを解決するには、欧米側がみずからの人種差別、宗教差別に気づくしかありません。
 
 
日本でも、安倍首相を初めテロリストにきびしいことを言う人たちがいますが、そういう人たちをよく観察すると、ほとんどが人種差別、宗教差別意識の持ち主であるようです。