元少年Aが出版した「絶歌」について、読まずに批判する人、出版中止を求める人がいっぱいいます。
そのため大田出版は出版中止を決めるのではないかと心配しましたが、そんなことはありませんでした。大田出版は社長名で出版の意義を訴える声明を発表しました。
 
『絶歌』の出版について
 
しかし、それでもまだ「絶歌」の出版になんだかんだと文句をつける人がいます。
 
たとえば、被害者遺族に知らせることなく出版したのはけしからんという意見があります。
確かに事前にあいさつしておくというのは礼儀かもしれませんが、あくまで礼儀の問題です。出版に被害者遺族の許可がいるわけではありません。
 
それから、このような本の出版は被害者遺族を傷つけるという意見もあります。出版に反対する理由としてはこれがメインでしょう。
 
確かにあの事件のことが書かれた本が出版されると、また事件のことを思い出して、心の傷がうずくということがあるでしょう。しかし、あの事件についてのノンフィクションは何冊も出版されています。そっちがよくて、元少年Aが書いた本はなぜだめなのでしょうか。
元少年Aは社会の片隅でひっそりと生きていてほしい、脚光を浴びて幸せになるのは許せない――そういう感情なのでしょうか。
あまり好ましい感情とはいえませんが、そういう感情があることはしかたないといえます。
 
しかし、元少年Aのほうにも、自分の思いを表現したい、社会に理解してもらいたい、幸せになりたいという感情があるのは人間として当然です。
世の中は元少年Aの感情にも配慮する必要があります。
 
ところが、私の見た範囲では、元少年Aの感情に配慮した意見はまったくといっていいほどありません。
いや、それどころか、彼を傷つける意見があふれています。
 
「絶歌」というタイトルは彼が考えたものだそうです。
「絶歌」という言葉はこれまでありませんでした。なかったのが不思議に思えるほど、単純で力強い言葉です。彼がこの言葉を思いつき、この言葉をタイトルにしようとしたことに、彼の思いの深さがうかがわれます。
 
もちろんお金がほしいという気持ちもあるでしょう。どうせ薄給で働いているに違いなく、印税収入は彼にとって貴重です。印税を被害者遺族に寄付しろという意見がありますが、被害者遺族がお金に困っているという話はなく、自分で書いた本の収入を自分が手にするのは当然です。
 
「絶歌」を読んだ若い人が犯罪に走るかもしれないという意見もありますが、あまり元少年Aを傷つけると、彼を再び犯罪に走らせる、いや、自殺に追い込むかもしれません。
元少年Aは少年院の人、保護司、弁護士、勤務先の人などの支援で更生の道を歩んできました。
犯罪者を更生させることは世の中全体に課せられた責務です。
 
「絶歌」の取り扱いをやめた書店チェーンがあります。本を愛する書店員が本を差別し、その著者を傷つけているのは不思議なことです。
 
ともかく、被害者遺族の感情を傷つけるなと主張する人が平気で元少年Aの感情を傷つけています。
元少年Aが人間であるという認識がないのでしょう。
元少年Aを傷つけている人々は、元少年Aが自分と同じ人間であるという当たり前の認識から出直すべきです。