安倍首相が発表した戦後70年談話について、さまざまな評価が出ましたが、私が注目したのはアメリカ政府の公式見解とも思える次の記事です。
 
 
「日本はすべての国の模範」、米が戦後70年談話歓迎
 
[ワシントン 14日 ロイター] - 安倍晋三首相が発表した戦後70年談話について、米国家安全保障会議(NSC)は14日、歓迎する意向を表明した。
 
ネッド・プライス報道官は「戦後70年間、日本は平和や民主主義、法の支配に対する揺るぎない献身を行動で示しており、すべての国の模範だ」とした上で、世界の平和と繁栄への貢献を首相が約束したことを評価。「安倍首相が、大戦中に日本が引き起こした苦しみに対して痛惜の念を示したことや、歴代内閣の立場を踏襲したことを歓迎する」と述べた。
 
手放しともいえる賛辞です。
考えてみれば、安倍談話を書いたのは外務官僚のはずで、彼らはつねにアメリカと連絡を取り合っているので、アメリカにほめられないことを書くわけがありません。
 
そのため“安倍カラー”は封印されてしまいました。
唯一“安倍カラー”らしいと思われるのは談話のこの部分でしょう。
 
 
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 
 
この部分はあまり評判がよくないようです。確かに「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という表現は、最近テレビや出版物でよくある「日本はすごい」というのと同じで、自画自賛、自己満足です。
 
どうせ書くなら、「日露戦争とともに、日本軍による真珠湾攻撃は、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」と書いてもいいはずですが、それはアメリカ様がお許しになりません。
 
そもそも植民地主義の始まりから書き起こしたのは、植民地主義に走ったのは日本だけではないのに、日本だけ謝罪するのはおかしい、ということを(安倍首相は)言いたいからでしょう。しかし、この書き方ではそうはなりません(外務官僚が書いているので)。むしろ植民地主義のおかげで日本は近代化を達成することができたと読めます。
 
この書き方のなにがだめかというと、「圧倒的な技術優位」という言葉を使っているところです。これは「圧倒的な軍事力」と書くべきです。西洋諸国は圧倒的な軍事力を背景に次々と植民地化を進めたのです。日本にしても、黒船による脅し、薩英戦争、下関戦争と被害にあっています。
つまり、最近はやりの言葉でいえば「力による現状変更」を西洋諸国は行ってきたのです。しかし、「技術優位」なんていう言葉を使ったのではなにも伝わってきません。
 
それから、植民地主義の背景には人種差別もありましたが、人種差別については言及がありません。
「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という表現は、「日露戦争は、植民地支配のもとで白人による人種差別に苦しんでいた多くの有色人種の人々を勇気づけました」と書けば、それなりに伝わります。
 
しかし、「欧米諸国は軍事力と人種差別でアジア、アフリカ、南アメリカを植民地化した」と主張すれば、欧米諸国の反発を買います。今の安倍政権にそれを言う勇気はありません。
 
日本が欧米にそれを言うのは、日本がまず植民地支配や侵略で苦しめた国に謝罪し、それらの国を味方につけてからのことです。
ところが、安倍首相や日本の右翼勢力は、ただアジアに謝罪したくないために欧米も同じことをやったと言っているわけで、こういう自国本位の発想では味方になってくれる国はありません。

 
アメリカは、日本が中国韓国と関係改善してくれることを望んでいますが、あまりにも関係が改善されて東アジア共同体みたいな方向に行くのは望んでいません。ある程度仲が悪くて、日本がアメリカに依存するというのがいちばんいいわけです。
今回の安倍談話は、その点でちょうどいい具合になっていて、それもアメリカが絶賛した理由でしょう。