安倍首相の戦後70年談話を読み直していたら、それまで「お詫び」だの「侵略」だのばかりに気を取られて、いろいろと見落としていたのに気づきました。
 
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という部分がひじょうに注目されましたが、その前後はこうなっていたのでした。
 
 
寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 
 
「寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました」となっていますが、日本が国際社会に復帰したのは、戦後処理を終わらせた以上は当然の権利です。もし周辺国に「寛容の心」がなければ、日本はいつまでも被占領状態のままでもしかたがないというのでしょうか。
これではあまりに卑屈というか自虐がすぎます。
 
なぜ安倍首相がこんなことを言ったかというと、「子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言ったことへの反発を極力抑えようとしたからでしょう。
 
そうした低姿勢が安倍談話のすべてに広がっていますが、とりわけひどいのは、「私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた(中略)それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります」というところです。
戦後の食糧難の時代にアメリカ以外に豪州、欧州諸国からも支援があったとは知りませんでしたが、飢えている国に援助するのは、それほど特別なことではありません。これも自虐がすぎます。
 
そして、いちばんの問題は、戦後日本の奇跡ともいえる経済復興への言及がないことです。
焼け野原から奇跡の復興を遂げ、ソニーやトヨタなどのすばらしい製品を生み出した国――というのは世界中の人々が認めるところであり、とりわけ途上国の人々が尊敬するところです。ここは日本人が誇ってもどこからも文句は出ないはずです。
しかし、それへの言及がなく、戦後の援助のことだけ述べているので、まるで外国から援助されたおかげで日本は復興できたように読めてしまいます。
 
改めて安倍談話を通読してみると、日本のことを誇っているのは、「アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」というところと、「自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱き」というところだけです。
 
反対に自虐的な記述は、
 
「私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます」
「私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます」
「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます」
「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます」
 
と、くどいほど繰り返されます。
未来志向とは真逆です。

これもすべて安倍首相が「お詫び」しないですまそうとジタバタしたからで、「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」という言葉にならっていえば、「詫びるは一時の恥、詫びぬは末代の恥」というところです。
 
で、結局「お詫び」をしてしまったというオチがついています。