前回の記事で、パリ同時多発テロで妻を亡くしたフランス人ジャーナリストの文章を読むと、“憎しみの連鎖”を断ち切るようなものではなく、ぜんぜん共感できないということを書きました。
しかし、あまり説得力がなかったかもしれません。こういうことは、比較する対象があるとよくわかるものです。
 
そこで、同じくテロ被害にあったマララさんの国連総会でのスピーチの一部を引用します。
フランス人ジャーナリストの文章も再掲するので、比較してください。
 
 
マララさんの国連演説の全文(翻訳)から
 
親愛なるみなさん、2012109日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
 
私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。
 
親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。
 
私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。
 
 
テロで妻を失ったレリスさんのメッセージ和訳全文
 
 金曜の夜、君たちは素晴らしい人の命を奪った。私の最愛の人であり、息子の母親だった。でも君たちを憎むつもりはない。君たちが誰かも知らないし、知りたくもない。君たちは死んだ魂だ。君たちは、神の名において無差別な殺戮(さつりく)をした。もし神が自らの姿に似せて我々人間をつくったのだとしたら、妻の体に撃ち込まれた銃弾の一つ一つは神の心の傷となっているだろう。
 
 だから、決して君たちに憎しみという贈り物はあげない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる。君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。だが君たちの負けだ。(私という)プレーヤーはまだここにいる。
 
 今朝、ついに妻と再会した。何日も待ち続けた末に。彼女は金曜の夜に出かけた時のまま、そして私が恋に落ちた12年以上前と同じように美しかった。もちろん悲しみに打ちのめされている。君たちの小さな勝利を認めよう。でもそれはごくわずかな時間だけだ。妻はいつも私たちとともにあり、再び巡り合うだろう。君たちが決してたどり着けない自由な魂たちの天国で。
 
 私と息子は2人になった。でも世界中の軍隊よりも強い。そして君たちのために割く時間はこれ以上ない。昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければいけない。彼は生後17カ月で、いつものようにおやつを食べ、私たちはいつものように遊ぶ。そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが君たちを辱めるだろう。彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。
 
 
マララさんもレリス氏もテロにあって心が傷ついたはずですが、根本的なところで違います。マララさんはテロリストを憎まず、許していますが、レリス氏は「幼い彼の人生が……君たちを辱めるだろう」と、テロリストに対する勝利予告をしています。
 
ノーベル平和賞受賞者と一ジャーナリストを比べるのは不公平かもしれません。
それに、マララさんとテロリストはどちらもイスラム教徒ですが、レリス氏はおそらくキリスト教徒で、レリス氏にとってテロリストは異教徒であるという違いもあります。
また、マララさんのスピーチはテロにあってからかなり時間がたっていますが、レリス氏が文章を書いたのはテロ直後ということもあります。
ですから、レリス氏の文章に不十分なところがあってもしかたのないことです。
 
しかし、レリス氏の文章に感動したり共感したりすると、間違った方向に行ってしまいかねません。
 
ふたつの文章を比較すると、テロに打ち勝つにはどちらの道を行かなければならないかというのは歴然としています。
 
それにしても、パリ同時多発テロ以降の欧米の反応を見ていると、「汝の敵を愛しなさい」というキリストの教えはすっかり忘れられているようです。