清原和博氏が覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されました。ビッグネームだけに驚きましたが、これからはお決まりのパターンをたどるのでしょう。
 
初犯ですから、たぶん執行猶予つきの判決でしょうが、有名人として今後のことを考えたら、保釈のときか判決確定のときにマスコミの前で謝罪し、更生を誓わなければなりません。
それに対してワイドショーのコメンテーターやらが、ちゃんと反省して、更生してまた活躍することを期待しています、みたいなことを言うのでしょう。
しかし、こういうやり取りがだめなのです。
 
そもそも、清原氏に限りませんが、こういう状況で謝罪して更生を誓うのは、マスコミや世間に対してそうしなければいけないからで、本心からではありません。本心から更生を誓う言葉が出てくるにはもっと時間がかかります。
世間は上辺の部分にだけ注目しますから、本心は置き去りになってしまいます。
 
清原氏はきわめてコワモテのイメージがありますが、身近な人が語るように、実はナイーブで、泣き虫で、やさしい面があります。勝負の世界で生きるためにコワモテのイメージをつくってきたのでしょう。その内面と外面の乖離が心の負担になって、覚せい剤にはまったのではないかと想像されます。
 
そして、マスコミの前で更生を誓ったときも、内面と外面が乖離しているわけです。
 
覚せい剤使用の場合、更生は簡単にできることではありません。再犯率がひじょうに高いのです。
 
 
警察庁が発表した2013年度の覚せい剤事件の摘発件数を年代別で見ると、2040代が前年に比べ減少する一方、50歳以上は約6%も増えている。中高年による覚せい剤汚染が広がりつつある実態がうかがえる。また再犯率は20代が39%なのに対し、50歳以上は79%にものぼる。
 
 
この再犯率は警察に捕捉された数ですから、実際はもっと高いわけです。
清原氏は48歳ですが、自宅から注射器やパイプやストローが発見され、ヘビーユーザーだったと見なされていますから、更生するのはきわめて少ない確率です。
 
朝日新聞に専門家の言葉が載っていました。
 
 
全国薬物依存症者家族会連合会の林隆雄理事長は「今までの生活をすべて投げ出し、ゼロからやり直す覚悟が無いと薬物依存からは抜け出せない。有名人だと難しい」と心配する。薬物の多幸感を味わうと、自分一人ではやめるのが難しく、施設などで時間をかけて治療する必要がある。
 
 林さんは「日本社会は薬物犯罪者に対して刑罰を科すだけで、社会復帰を支えるシステムが未成熟だ」と指摘。「芸能人が逮捕される度にマスコミが騒ぎ、罰せられて終わり。その繰り返しでは、薬物依存者の再発を防げない」と話す。(後藤遼太)
 
 
ちなみに全国薬物依存症者家族会連合会のホームページにはこのような言葉が書かれています。
 
薬物依存症は罰では治らない。
 
説得、説論、叱責、脅しは、薬物依存者にとってほとんど効果がない。
 
 
ところが、世の中の人は効果のないことばかりするわけです。
「デイリースポーツ」によると、桑田真澄氏も同じです。
 
 
 桑田氏は清原容疑者と、2~3年前に既に連絡を取らなくなっていたことを明かした。それまでは清原容疑者に「スポーツマンである以上、暴力、ドラッグからは遠い存在でいるべき」などと「小姑のように言い続けてきた」という。しかし3年ほど前、清原容疑者から「一切関わらないでくれ」と言われ、「お互い大人だし、おまえがそう言うならそうしようと」と、“決別”したという。「小言を言われるのは嫌気が差したんでしょうね」と当時を振り返り、「言い続ければよかった」と後悔の念も口にした。
 
 
言い続けてもだめだったでしょう。逆に、それを言うことがよけいに薬物に走らせていたのかもしれません。
 
 
私は「入口政策」と「出口政策」という言葉を使っています。
刑務所の入口には多くの人が群がって、「死刑にしろ」「厳罰にしろ」と叫んでいます。
しかし、刑務所の出口には誰もいなくて、出所者は自力で更生しなければなりません(ボランティアの保護司とごく少数の保護観察官がいるだけです)
ほんとうにたいせつなのは「入口政策」ではなく「出口政策」です。「出口政策」がなく、更生させるノウハウがないので、出所者はまた入口に戻ってきてしまいます。
 
清原氏が更生するか否か、私たちの社会が試されているとも言えます。